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コラム

漂流するのか法学未修者

この写真は,北大法科大学院の平成18年度入試用の新パンフレットなどに使用されています。
出展:『法学教室 2005年4月号 No.295』(有斐閣)
北大法科大学院の公式HPに掲載されたコラムはこちらからどうぞ

  1. 多様な人材に司法の世界への参入を求めることを重要な柱とする法科大学院制度は、「法学未修者コース」の学生(法学未修者)を、あるべき法曹の担い手として積極的に受け入れている。
    しかし、法学未修者は、翌年入学してくる「法学履修者コース」の学生と、1年後同じラインに立っていなければならない。民法については、従来の法学部教育では約3年間かけて修得した知識と考え方を、最初の1年間で修得し一定のレベルに達していることを要求される。
    しかも、法学未修者といっても、法学部以外の学部の出身者(純粋未修者)と法学部出身者が混在しているのが実情である。
    法学未修者、特に純粋未修者が不安になるのは当然のことだと思う。

    しかし、私は、以下に北大法科大学院の「民事法基礎ゼミ」を紹介する中で述べるように、一定の覚悟さえあれば、その不安は杞憂にすぎない、と考えている。
  2. 北大法科大学院は、法学未修者を対象として、民法の体系的履修を実現するため、大教室で研究者教員が行う基礎プログラム民法Ⅰ~Ⅳの講義を開講する*1ほか、講義内容の確実な理解を確保する目的で、弁護士の実務家教員*2が実施する「民事法基礎ゼミ」を開設した*3。
    毎回、事例問題を出題し、学生全員に答案を作成させたうえ、2名の報告者がその内容や問題点を発表した後、これについて、双方向性の指導がなされるという演習(ゼミ)形式の授業だ*4。
  3. 初年度である平成16年度の「民事法基礎ゼミ」は、法学未修者52名を18、17、17人で構成される3クラスに分け、クラス担当の実務家教員により、上記の進行表のとおり、計10回実施された。
     ゼミ実施日までの1サイクルは約1か月だ。まず、基礎ゼミ専用に開設されたHPに設問が掲示される。出題担当の実務家が、具体的事案を素材に、ML*5や検討会で研究者や他の実務家と議論しながら完成させた事例問題だ。
    学生は、約2週間の間に答案を完成させて採点者にメールで送る。採点担当の実務家は、ゼミが実施されるまでの10日足らずの間に1通、1通の答案に添削しながら適宜コメントを加えて採点を完了させる。
    ゼミ当日は、主・副報告者2名の発表から始まり(3日前までに答案をHPに掲示しておく。)、クラス担当の実務家教員は、双方向性を目指しながら、学生間の議論も求めながら、90分間の授業を進める。

    読者の方は、既にお気付きと思う。「民事法基礎ゼミ」は、教官が学生に、基礎的なことを網羅して手取り足取り教える上品な補習講座ではない。その実態は、学生と教員との“双方向”の「力仕事」そのものだ。
  4. 法学未修者にとって、講義と同時進行しているとはいえ、「民事法基礎ゼミ」の設問に対処していくのは、過酷なまでの労力を要する作業である。設問の中に潜在する法的論点は、つい2、3日前に初めて講義で説明を受けたようなものばかりである。提出期限までの間に講義で扱われる重要論点もある*6。
    しかも、設問のレベルは、第1回から既に現行司法試験と変わらない。法学未修者、特に純粋未修者の立場など全く無視しているのではないかと思われかねないような内容だ。
    学生は、“未知との遭遇”を繰り返しながら、せいぜい講義の予習程度に接していた教科書*7を、怪奇な事例問題に対応できる程度に理解するため、該当しそうなところを探しながら、読み直すことから始めなければならない。設問の中の事例をパターン認識しようにも、まだ認識のためのパターンさえも持ち備えてはいないのだ*8。
  5. 学生が立ち向かう答案完成までのプロセスは、設問というかたちで求められた紛争の解決(紛争の予防)を、現時点で自分に足りないものを、自分自身でさがしながら、他人に説得できるまで高めた自分なりの一応の解決を図るために約2週間を費やすという生産的な過程だ。後に述べるとおり、その後、授業を受けたり、優秀答案と照らし合わせる過程で、上記の一応の解決を検証し、さらに自分の不足を補う指針を得る。ここまでを、ほぼ1か月のサイクルで1年間にわたり繰り返すのだ。
    段階を踏まえた着実なプログラムが構築・整備されているシステムの中に、これと密接な連携を取りながら*9、解決のツールそのものを探すことから始め、試行錯誤を繰り返しながら、与えられた設問の解決に全精力を傾注して、自分なりに結論を導き出すことを体験させるユニットを組み込んでおくことは、法学未修者が、机上のものとしてデッドストックしがちな法律基本科目の基礎的な法律的素養を、直ちに活性化したものとして獲得するのに有効だ。
  6. クラス担当の実務家教員は、原則として、自分で答案を添削して採点し、ゼミ当日に返却する*10。つまり、学生からメールで答案が送られてきた後10日間足らずで、採点を完了しなければならない。そのうえ、1通の添削に30~40分を要することはざらで、1通に1時間かかることもしばしばだ。
     採点のほか、予習その他の準備も含めると、ゼミ実施の直前のほとんど丸2、3日は、間違いなく潰れる。
    法律事務所の経営に不安を覚える日々を過ごす・・・・・・(爆)。
  7. ゼミ当日。主副報告者が各発表を行った後、クラス担当の実務家教員は、問題の解説と答案の講評をするほか、学生の質疑に応答し、さらには、学生間で討論を行わせる。その際、特定の学生に対して、質問に及ぶことがあるというのが、「民事法基礎ゼミ」のシラバス(講義要領)で予定されている授業の形態だ*11。
    基本的にはそのとおりの運用ではあるが、学生は型どおりこのように進められることを期待しているわけではない。学生が当日ゼミ室に持ち込むものは、「力仕事」を終えた後の心地よさと、一定の秩序に向かいつつある「混沌」だ。なお仕掛かりではあるが、それぞれの学生が涵養すべきものの材料の多くは、既に自分の中にある。
    「混沌」を整序させるための触媒を提供するのが、教員の役割だ。しかし、提供すべきものは、学生によって千差万別だ。必ずしも、法理論として本質的なモノとは限らない。学生の反応を見ながら、それを探りつつ、対処していかなければならない。
    「学問に王道なし」と言われるが、王道はなくとも、「近道」はある。大海の荒波の中で航海する法学未修者に役に立つ羅針盤を提供していかなければならない、と試行錯誤している。
    授業はシラバスのとおりに整序した流れにはならないし、時間切れは持病のようなものだ。もともと早口の私の場合、さらに早口となる。次回こそ、もっと双方向性を生かそうと毎回反省する。
  8. ゼミ当日、レジュメなどの資料のほかに、各クラスの優秀答案が全クラス学生に配布される。議論はあったが*12、第7回目からは、実務家が作成した答案例も配布されることになった。学生は、1問について3+1の参考答案をgetできることになる。
    しかし、いずれも万人のための模範答案例ではない。正解思考の弊害をここで議論するまでもなく、戦術レベルで考えても、優秀答案を無条件に崇め奉るのは、可塑性に富み弾力的な段階にある学生の成長を阻害する。優秀答案といっても、論理展開、取捨選択・濃淡、表現等々について一通りでなく、自分の感性に合わないものに合わせようとするのは、自分自身で纏足(てんそく)をするようなもので、せっかく確立しつつある自分の基礎体型を壊しかねない。
    ただし、最高得点答案、優秀答案、模範答案あるいは参考答案とネーミングされ一定水準をクリアしていることはほぼ間違いない答案群の中から、自分の思考パターンに近いもの、好みや感性に合うものをセレクトしてコレクションとし、それを真似して、自分の答案に反映させる作業をしばし試みることは有益なことだ。

    私は、学生に、各クラスからの優秀答案の中から、自分の感性に合うものを選び、「写経」することを勧めている。
  9. 「民事法基礎ゼミ」では、どのような設問が出題され、どのような答案を学生は書いたのか。
    北海道大学法科大学院のHPに、コラム「北大法科大学院の民事法基礎ゼミ」という特集が掲載されており*13、その中に、設問の出題例*14と優秀答案例*15を紹介してある。
    6月28日(月)に実施された第5回目のゼミ(「賃貸借」)に合わせ、6月1日にHPに掲示された設問と、6月18日(金)までに完成された学生の答案だ。入学して2か月半後の法学未修者の成果を確認して欲しい。この学生は「純粋未修者」だ。HPの優秀答案例の末尾には、学生の「答案作成の苦労と方法」というコメントも掲載されているので、是非、ご覧ください。
  10. 特筆しておかなければならないことがある。学生たちが、予習段階、特に答案を完成させるまでの間に、自主的に勉強会を行ったり、徹底した議論を繰り返すのが定番のプロセスになっていることだ。そのため、他の科目のレポートを提出するのとは違って、「民事法基礎ゼミ」の答案を書き上げることは、「一大イベント」だという声もあった。
    法学未修者には、3つの自習室が用意されている。自習室が各人に50音順で割り当てられ、24時間利用できる体制にある*16。勉強会や議論の場は、それぞれの自習室に形成されるコミュニティの中で自然発生したもののようだ。
    この勉強会や繰り返される徹底した議論の存在が、基礎ゼミのクラス分けと別の軸をもたらしている。学生たちの成果に大きく貢献していることは間違いない。
  11. 学生の側からの「民事法基礎ゼミ」に対する評価も、少なくとも公式にあるいはクラス担当教官の面前では良好だ(爆、爆・・・。)。
    前記コラムにも、「学生からみた民事法基礎ゼミ」という要領よくまとまった文章が掲載されている*17。
  12. 学生のモチベーションは極めて高い。答案を提出しなかった学生は一人もいなかった。
    講義がびっしり詰まっているうえ、多数のレポートに追われる中、学生は、答案を作成するのに教科書的文献にとどまらず、論文や判例にもあたっている*18。
    法科大学院に合格してきたという学生の資質もさることながら、モチベーションの高さが、10回に及ぶハードな基礎ゼミを通じて、学生と我々との両輪を、確実円滑に回転させたと実感している。
  13. 昨年秋から少しずつ、平成17年度に用いられる設問の検討が始まったが、去る2月20日(日)、研究者4名と実務家9名が一堂に会して朝から検討会が行われた。平成17年度は、全8回のゼミを実施する予定であり、8問の検討が1日費やして行われた。
    まもなく平成17年度の「民事法基礎ゼミ」が始まる。法科大学院の理念であるとか、目的であるとか机上で論じられていることを、ストレートに現場に持ち込んでみたところで成果はあがらない。私の与えられた任務との関係では、教育の方法論を確立するなどと悠長なことを言っている暇はない。
    一定の素質を備えているだけでなく、高いモチベーションを持ち続ける学生を相手に、1年間、試行錯誤しながら行動することは、本当に刺激的なことであった。実体験で肌に感じたことを思い起こしながら、来年度は、実務家の視点から「民事法基礎ゼミ」に取り組んでいきたい。
*1 春学期(4月1日~5月26日)に、民法Ⅰ(3単位)で取引法の通則的内容(民法総則・物権総則・債権総論の一部)と各種の物権の内容が、夏学期(5月27日~7月16日)に、民法Ⅱ(3単位)で、引き続き取引法を中心に契約各論と債権担保法が、秋学期(10月1日~11月24日)に、民法Ⅲ(2単位)で、法定債権債務関係が、冬学期(11月25日~12月22日、1月5日~1月28日)に民法Ⅳ(2単位 冬学期)で家族法が扱われる(括弧内で示した期間はいずれも休業等を除いた授業期間である。)。
*2 本稿は、北大法科大学院に関するが、「民事法基礎ゼミ」という場面に限定されており、「実務家」という場合は、すべて「弁護士」のことである。
*3 5名の大学側スタッフと、12名の弁護士が、このゼミのためだけのプロジェクトチームを立ち上げ、カリキュラム、問題作成その他様々な作業に従事して、開講を実現した。北大法科大学院の場合、全国的にも珍しいほどに、法科大学院と弁護士会とが密接な協力関係にある。
*4 「双方向性」というと、「ソクラティック・メソッド」が想起されるかも知れない。しかし、「民事法基礎ゼミ」のコーディネータである齋藤隆広弁護士によると、オーストラリアのロースクールなどで実施されている「チュートリアル」が原型なのだそうである。オーストラリアでは近時縮小・廃止するロースクールもあるとの紹介は興味深い。http://www.juris.hokudai.ac.jp/lawschool/column/20040729.html
*5 平成15年10月18日、民事法基礎ゼミの設置・運用のための連絡や議論の場として開設された。平成16年度の最終ゼミ実施日である平成17年2月20日現在、参加者数は30名、総投稿数は1913通である。特に採点が開始されると、騒がしくなる。
*6 講義を担当する研究者教員が気を利かし、講義で扱う順序を変更したこともあった。
*7 基礎プログラムの各講義の担当教官は、いずれも教材として、内田貴『民法Ⅰ~Ⅳ』(東京大学出版会)の、それぞれの講義範囲に対応するものを、教材の中に含めている。私も、1年間で読み込むには大部であるが、その積極的利用を勧めた。「民事法基礎ゼミ」との関係では、設問との関連で、目次、索引を上手く利用し、混乱の中で、関連箇所のサーフィンすることも有意義である。基礎ゼミの授業でも、時間が許すかぎりではあるが、学生が見落としがち、あるいは読み飛ばしがちな箇所だが、設問との関係で重要なことが含意されているというような記述を示す、といった教科書読解の道案内作業も試みた。
*8 思いついたが、中途半端に終わってしまったこともあり、平成17年度にもっと積極的に実践してみたいことがいくつかある。例えば、パターン認識との関係でいえば、現行司法試験の過去問の中から、事例を扱った良問を相当数選んで、学生に、事例の事実関係を整理して頭に入れさせておく。「過去問をつぶす」という試験対策をしようというのではないことはもちろん、法的論点について説明したり、自習を求めることはせず、頭の中に事例を事例として、法律的観点からは未消化のまま置いておくのである。後に、断片的にでも講義で触れられたような場合、「○○の出演したTVドラマで見た!!」というような感覚で、あるいはデジャヴュ風に、その事例が蘇るわけである。
 また、秋学期には、民事訴訟法Ⅰの講義も開講され、主張・立証責任も解説されることになる。平成16年度は、資料を作りつつ暖めているうちに時期を失してしまった。http://www2.smaedalaw.com/ls2.htmhttp://www2.smaedalaw.com/ls3.htm 平成17年度は頃合いをみて、基礎ゼミの取扱い内容と絡めて積極的に対応してみたい。
*9 ここまでの条件がしっかりしていないと、「民事法基礎ゼミ」のような仕組みは、初学者自身の基本修得プロセスでの暴走を助長するものとなりかねない。
*10 平成16年度は、全10回のうち7回を担任教官が採点した。残り3回は、担任以外の実務家9名が採点した。これにより、学生は、複数の実務家から添削指導を受けることができた。
*11 http://www.juris.hokudai.ac.jp/lawschool/column/200407292.html
*12 学生側から要望があったが、無批判に正解として扱われる危険があることを懸念し、教員側としては、当初は消極的であった。しかし、実際に答案を作成してみると、設問の作り方を再検討する材料にもなり、一定の配慮のもとで配布することとした。現実には、実務家ごとの多様性を教示するための教材とすることができる面もある。
*13 http://www.juris.hokudai.ac.jp/lawschool/column/20040729.html
 北海道大学法科大学院のHP(http://www.juris.hokudai.ac.jp/lawschool/)にまず入って頂き、左フレームからコラムを左クリックする方法をとって頂くと手間が省けるかも知れない。
*14 http://www.juris.hokudai.ac.jp/lawschool/column/200407293.html
*15 http://www.juris.hokudai.ac.jp/lawschool/column/200407294.html(久保田京)
*16 もっとも、午後10時に施錠される。以降は外から、携帯電話で他の学生を呼出すなどして建物に入るとのことである。
*17 http://www.juris.hokudai.ac.jp/lawschool/column/200407298.html(田中徳彦)
*18 講義で使用したとのことで、学生にも慣れがあったのかもしれないが、「最高裁判所判例解説」は、法学未修者の第1年次であっても、有用な教材になりそうである。法学既修者との対比において、法律的素養が未熟であるのは当然としても、文章読解力など基本的素養は劣るところがない、という視点での試みが必要と思われる。

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