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コラム

2010年3月アーカイブ

特製パンフレット

借金問題(債務整理,過払い金返還請求,自己破産,個人再生)につき,
出張無料法律相談会を開催します。
*C型肝炎訴訟に関する法律相談も無料です。

対象地域
滝川市,芦別市,赤平市,歌志内市,三笠市、美唄市,砂川市及び各周辺


日時 4月3日(土)・4日(日)
   午前9時から午後6時まで
場所 滝川市総合福祉センター
   北海道滝川市明神町1丁目5-29
   電話 0125-24-5225

要予約
   前田尚一法律事務所
   フリーダイヤル 0120-481744(24時間受付)までお電話でご予約下さい。

詳しくは,こちらをどうぞ。

 ⇒ http://www2.smaedalaw.com/s20100403.pdf

 

法律問題とらぶる 解決のヒント 
⇧⇧⇧⇧⇧⇧⇧⇧⇧⇧⇧⇧
医療におけるコンプライアンスや個別の法律問題について,
『北海道医療新聞』で連載した23回の記事がご覧いただけます。

 

 

医療におけるコンプライアンスの重要性と
業務上、身近な法律問題への対応法

 

 弁護士 前  田  尚  一

 

 (註)   ある新聞社からいただいた質問一覧に対し,一般的な場面を想定して,回答したものです。
     
実際のケースでは,個別に具体的検討が必要です。

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Ⅰ 企業価値を高めるためにコンプライアンスに取り組む

 

Q1.コンプライアンスの意味を教えてください。

 

 日本では,「法令遵守」と意味で用いられています。この場合,法令という言葉には法律だけではなく,広く倫理・道徳などの社会的規範も含んで使われるのが通例です。
 コンプライアンスは,各人の遵法精神を期待し,「法令遵守」を唱えるというだけではなく,現実に法令が遵守されている状態を確保・継続するために,ルール,体制,手段を整えるなど,有効な仕組み作りを実施することまでも含む考え方なのです。法律などを守らなければならないことは,言うまでもない当たり前のことです。
 しかし,現場は現実を優先しがちですから,外部との温度差があり,法的非難を回避するための仕組み作りが必要となるのです。

 


Q2.なぜコンプライアンスが重要視されるのでしょうか?

 

 背景を理解すると分かりやすいでしょう。
 特に2000年以降,消費者や投資家の被害が意識されるような企業の不祥事が多発しました。企業の違法行為・背信的行為に対する社会の目が厳しさを増し,社会の意識は大きく変化しました。そうした中,企業にとって利益優先で活動することがかえってリスクを大きくする一方,法令遵守を実現する企業は,その企業価値を高める状況となったのです。
 個人情報流出事件として,51万人分の顧客リストが社外へ流出したジャパネットたかたの事案が有名です。同社の売上げは,前年705億円でしたが,この事件が起きた2004年には663億円にまで落ち込みました。しかし,2006年には1000億円を超え,2008年には1371億円となっています。同社は,事件発覚後,テレビや新聞で謝罪を繰り返し,消費者に適切な対応をしたことが評価され,結果企業イメージを向上させた好例といえるでしょう。
    
 こうした背景の中で,コンプライアンスの重要性が叫ばれるのは,一旦不祥事を起こした場合の企業責任は極めて大きなものであって,企業の存立さえも脅かしかねないということです。企業が不祥事を引き起こした場合の責任には,民事責任,刑事責任,行政責任といった法的責任が考えられます。今日では,一旦不祥事が発覚すると,社会的責任や道義的責任までも徹底して追及されることになります。引責辞任はもとより風評被害といった社会的制裁に及ぶことも少なくありません。雪印集団食中毒事件を発端としてグループの解体・再編を余儀なくされた雪印企業グループの例は衝撃的なことでした。
    
 しかも,企業自体または担当者が思っている以上に,不祥事が発覚しやすくなっているという現状にあることも重要でしょう。もちろん発覚しなければよいという意味ではありません。
 しかし,外部の監視の目が厳しくなっていることに加え,公益通報者保護法が施行されたとおり,内部告発を原則的に正当化するのが現在の流れなのです。
    
 このように考えると,現実に法令が遵守されている状態を継続する仕組みの中には,損害を最小限に抑えるための対応としての記者会見・謝罪・説明,リコールなどの在り方,体制の整備も含んで考えなければならないことになるでしょう。


    
   
Q3.医療機関では,例えば医療法や医師法や薬剤師法,保助看法などを遵守することでよいのでしょうか?

 

 医療機関や医療従事者が,医療に関する法律を遵守することは最低限の要請に応えているだけにすぎません。
 それどころか,医療に関する法律は,医療サービスを受ける国民視点で定められており,医療機関の側からの防衛といった視点は希薄です。
 例えば,医師法には,診療に応ずる義務(応招義務)について定めていますが,例外の具体的内容を明らかにしてはおらず,行政の示す見解を併せてみても,モンスターペイシャントに対する応召義務の例外や退院勧告・強制について正当化される具体的な基準は全く明らかにはなりません。結局,対応のリスクについて,すべてを覚悟しながら,自らの判断で情況に応じた最も良い対応策を自ら実行しなければならないのです。
   
   
Q4.つまり一般的な企業と同様にあらゆる法律を意識する必要があるのですか?

 

 医療機関も経営組織である以上,外部内部との関わりは,基本的に企業と同様です。特定の業種について特有の法律は別として,意識すべき法律は一般企業と同様であるということができます。
 もっとも,あらゆる法律についてすべてを理解しなければならないという意味ではなく,一般の場合と同様,規模や実情に応じて,取捨選択した対応をしていくことになります。

 


Q5.医療機関内でコンプライアンスに関する委員会を組織することが必要ですか?
    
 一定の組織の存在が不可欠なことはもちろんですが,独自の組織が必要か,従前の組織が兼務してよいか,どのようなメンバーで構成するのがよいかなどといった点は,医療機関の規模や実情に応じてケースバイケースにデザインしていくほかありません。
 ただし,どのようなデザインであれ,コンプライアンスに関する組織を設ける目的を明確にし,それが実現できる,そして内部的チェックが働く仕組みとすることは,必要不可欠であるといえます。

 


Q6.外部からの専門家に加わってもらうことが必要ですか?

   
 医療に関する法律はもちろん,広範な法律の理解が前提となり,また,トラブルの予防や,不幸にしてトラブルが発生した場合の対処といった医療そのものとは全く別の観点からの,マインド,知識,スキル,経験が必要となる以上,法律の専門家に加わってもらうことは不可欠でしょう。
 しかも,実際には,コンプライアンスは経営そのものに直結するという面もありますので,労務問題などの対処も並行していかなければならない場合もあります。こうした点からも,法律の専門家との協働作業も必要といえましょう。(北海道医療新聞社発行:週刊 介護新聞2009年7月9日号~8月6日号「介護と法律」(5回連載)を参照)

 

 

Ⅱ 医療機関では日々様々な場面で法律問題と直面している

身近な法律の疑問へのワンポイントアドバイス

 

Q1.医療事故が起こった場合,どのような法的責任が発生しますか?

 

 医療事故が起きた場合の民事責任としての損害賠償責任を考えてみましょう。その場合,医療契約に基づく債務不履行責任と不法行為責任が考えられます。
  後者については,患者側が,医療機関側の過失,事故との因果関係などを主張立証しない限り,医療機関は責任を負いませんし,前者についても,医療機関側が不可抗力によって事故が起きたことを主張立証すれば責任を負わないことになります。
    
 しかし,医療事故はその性質上,個々具体的であり,医療の適不適は当時の医療水準に大きく左右されます。そればかりか,患者側から医療機関にクレイムを述べることが著しく増大しています。また,裁判においても,患者側が勝訴する事例が激増しているのが現状です。今日では,医療事故に直面した場合,法的責任を負うことになるのかどうかを直ちに判断することは困難であり,即断して安易に対応することは問題を複雑化し,解決を長期化しかねないといわなければなりません。
  最低限,大小さまざまの医療事故が起こった場合を想定し,適切に対応できる体制作りが必要です。


 

Q2.患者の友人と名乗り電話で病状,退院予定などを問い合わせてきた場合の対応は?

 

 電話では自称友人が実は友人でなかった場合や友人ではあるが患者としては知らせたくない場合などもあります。また,友人であっても患者に不利益を与える行動をとることもあり得るでしょう。
  病状,退院予定を知った者の行動によって,患者が不利益を被ったり,損害を負ったりすることも想定されます。本当の友人であれば,正当な理由で病状,退院予定を知りたいというのが通例でしょうが,そうであっても,患者本人の個人情報については,患者本人の判断こそが無条件で最優先されるべきものなのです。
  面倒でも,患者本人に確認したうえで対応するということを原則しなければなりません。

 


Q3.院内の休憩室で他職種の友人に受け持ち患者の情報を話すことは個人情報保護法違反となりますか?

 

 個人情報保護法は,所定の事業者に対し,一定の要件を具えた個人情報について,取扱いに関するルール,体制,手段についての義務を定めた法律で,この義務に違反した場合は,勧告や命令が出されることがあり,命令に従わない場合には,6か月以上の懲役または30万円以下の罰金に処せられるなどの刑事責任が課されることがあります。
  そして,個人情報保護法では,個人情報の利用目的の特定・制限について定められ,従業者に対して必要かつ適切な監督を行う義務を課していますので,医療従事者同士であっても,診療目的を超えた私的な情報交換を放置しておくことは,医療機関にとって個人情報保護法違反となることがあります。
    
 ただ,留意しなければならないことは,個人情報保護法は,情報が流出したような場合に,患者側が医療機関側に対し直接責任を追及するための法律ではありません。
 もっとも,患者が損害を発生したような場合は,次の事例のように,別の根拠で民事上の損害賠償責任を負う場合があるので,安易に考えるわけにはいきません。

 


Q4.ベッドから降りるときに転んで手首を骨折した場合,医療機関側の責任の範囲は(内臓疾患で入院しており,足腰が悪いわけではない)?

 

 医療機関は,法律的に見ると,患者との間で診療契約を結んで治療をしているわけですが,医療機関の患者に対する義務は,診療・治療する義務だけに尽きるものではなく,少なくとも患者を安全な環境に置くように配慮したり,一定の措置を講ずる義務も含むものと考えられます。
 本件でも,状況次第では,医療機関側が法的責任を負う可能性があり,このような場面を想定して,対策を講じておく必要があります。


   

Q5.看護師の働きやすさを考え,正職員として短時間勤務制度を導入したいと考えているが,フルタイム勤務者と短時間勤務者の福利厚生,給与等の待遇に差があっても良いですか?

 

 医療機関と看護師双方にとって有益ということで,一応は,法令を遵守する限り,賃金水準や福利厚生の程度に差異を設けてもよいと言えそうです。
 しかし,どこまで条件を確保すれば法令を遵守したことになるかという判断は,極めて難しく,関連法令ばかりか判例なども含めた専門的知識も必要です。パートタイム労働法は,事業主に対し,すべての待遇について,パートタイム労働者であることを理由に差別的に取り扱うことを禁止しています。
    
 事業主は,無意識のうちにも経営的観点を重視する傾向があり,善意のつもりでしたことが実は独りよがりで,後日のトラブルの種となっていることも少なくありません。コンプライアンスの考え方を十分理解し,一般論ではなく,個別具体的に慎重に検討していく必要があります。
    
 最近,ワーク・ライフ・バランスを取り入れ,本給や賞与・退職金が勤務時間に比例するほかは,福利厚生や教育面は正職員と同じという勤務形態を採用してきている医療機関もあります。こうした具体的な事例などを参考にしながら,検討することも大切でしょう。
   

   
Q6.入院患者の私物が盗難にあり,不審者に対するチェックを強化しようと思うが,怪しい人間に対し,どこまでの対応が許されるのしょうか(別室に来てもらう,その場で質問する,持ち物を検査する等)?

 

 医療機関に捜査権限があるわけではありませんから,あくまで任意・自主的に応じてもらうことになります。そのうえで,後に問題が起きないように必要な範囲で相当な対応をしなければなりません。
  
 一般論でいえばわかったような気になりますが,関係者の協力を得ることだけみても,一定のテクニック,熟練が必要となるものです。どの段階で警察の協力を得るかといった基準の設定などもろもろの準備もあり,コンプライアンスを踏まえた体制作りを前提としなければ,場当たり的となってトラブルを起こしかねないことを肝に銘ずるべきです。
 

 

Q7.入院患者が病室で暴れている場合―物を投げつける,大声でわめく等があった場合は,110番通報するべきでしょうか?

 

 医療機関は,患者に対しては控え目な傾向をとり,うやむやにしがちです。しかし,医療機関として,このような患者を放置しておくと,本人が増長するばかりか,同種のトラブルの温床となり,本来の業務に支障を来すことはもとより,医療従事者に耐え難い精神的負担さえ強いることとなってしまいます。
 医療機関としては,毅然とした態度で臨まなければならない場面であり,退院勧告・強制はもちろん,緊急の場合は110番通報も想定において当然というべきです。そして,このような措置を適切に実施するためには,法的解決も射程に置きながら,専門家の助力を得ながらコンプライアンスを踏まえた体制整備と慎重な判断をすることが不可欠となります。

 


Q8.セクハラにはどのような内容のものが入るのか。特に言葉のセクハラについて知りたい。

 

 セクハラとは,セクシャル・ハラスメントの略で,言葉として定着はしませんでしたが,かつて性的嫌がらせと訳されたこともあります。
 セクハラという言葉が登場したころは,主に,職務上の立場や権限を利用して,性的な要求をする場合(対価型セクハラ)が想定されていたようですが,嫌がる性的言動によって,職場の環境に悪影響を与えるような場合(環境型セクハラ)も含まれます。

 このようなセクハラとされる対象が拡がっていくとともに,使用者の職場環境についての法的義務が強化されるようになり,平成19年から施行された改正男女雇用機会均等法は,使用者のセクハラを事前に防止する義務とセクハラらが発生した場合に対処し措置を講ずる義務を明記しました。
    
 言葉のセクハラという用語は,例えば,「まだ結婚しないの?」といった発言が発言者に悪意なく発せられたような場合であっても,状況によってはセクハラとなる場合があることを明確にするものです。
 ただ,ある行為がセクハラにあたるかどうかは,被害者の主観に大きく左右されることは否定できません。他方,加害者とされた側のダメージが大きいことに加え,意図的なねつ造もあり得ないことではないこともあり,セクハラは,職場環境配慮義務を負う使用者としては,本腰を入れ,積極的に対応しなければならない問題です。

   

(註)回答は,典型的な事例を抽象的に想定して行ったものであり,似たケースであっても,事例毎に考え方が異なる場合もあります。独自に判断せず,法律の専門家に相談することが大切です。

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法律問題とらぶる 解決のヒント 
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このレジュメを用いて実施した
院長・管理者向けセミナーの内容,
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               医療機関トラブル対応メモ
                        *病院等の立場から*

                                              弁護士 前  田  尚  一

1 トラブルの性格の把握
 ー 医療過誤その他本来的ミスにあたるのかどうか:実態究明
   ① 医療過誤的要素(行為、因果関係、結果)
    *結果に結びつかないが、行為自体の医療過誤もある
   ② 感情:プロフェッショナルに対する信頼の崩壊
   ③ 言い掛かり:ディープ・ポケット

2 解決策の設定
 * 病院の名誉(評判)+病院の負担
   ① 金銭的要素
   ② 謝罪的要素

3 対応方法の決定:プロセス・対応手段の決定
 * 客観的事実の説明+感情的要素の沈下+解決策
 (1) プロセス
     ① ステップ移行の時期
   ② どの段階で何をするか。

 (2) 対応手段
  ア 病院内:責任回避、不誠実とみられることが最大の阻害要因
  (ア) 担当者
     ① 院長
     ② 医療担当者:客観的事実の説明
     ③ 事務担当者:解決策
    * 一般のトラブルでは、最高責任者が対応することはほとんどないが、医療トラブルの場合は、プロフェッショナルへの信頼の崩壊・感情要因の高さという要素がつきまとう点に特殊性がある。
  (イ) 接触方法:来てもらう、行く、手紙、電話

  イ 病院外:弁護士、医師会、保険、裁判所・・・
   * 参謀的に協力を得るか、全面的に任せるか。

交通事故の無料法律相談については,

こちらをご覧下さい。

 

 交通事故に遭い,死亡し,あるいは後遺症が残ってしまったような事案では,保険会社や自動車共済(以下「保険会社等」といいます。)と示談するよりも,裁判を経た方が、支払を受けることができる金額が多くなるのが通常です。
 損害算定基準を比べると,保険会社等の任意保険の支払基準は裁判所の判断基準より低いものであること,裁判所であれば認める損害であっても,示談提示では,保険会社等が認めない損害があること(弁護士費用,遅延損害金),加えて,保険会社等は,さらに,事実関係や法律論について加害者に有利な主張をして(基礎収入の金額,後遺症の程度,過失相殺など),支払額の減額をしようとすることが多いことが,その原因です。

 もっとも,裁判を起こせば,加害者側は,保険会社等のサポートで,事実関係や法律論で争ってくるのが通例であり,裁判となれば,被害者側も,専門的な攻撃防御を行う必要があります。

 しかし,一方的に交通事故に巻き込まれ,取り返しのつかないない状態にされたうえ,賠償金を値切られるということになれば,踏んだり蹴ったり,二重の不幸というほかなく,そのような事態は絶対に避けなければなりません。

 以下に,当事務所で扱った案件の中から,裁判を起こした結果,支払金額が増額した例をご紹介いたしますので,実際,どれほど差がでるのか実感して下さい。



【ケース1:死亡事故】

会社代表者の死亡事故につき,保険会社が提示した最終示談提案額は6,000万円弱であったが、判決の認容額が8,100万円強となり,遅延損害金も含めると9,200万円余りの支払になった事例

 

  〔裁判所名〕 札幌地方裁判所民事第1部 判決
  〔判決日付〕 平成9年1月10日
  〔事件番号〕 平成7年(ワ)第5132号
  〔事 件 名〕 交通事故に関する損害賠償請求事件
  〔登載文献〕 判例タイムズ990号228頁

 

金額の対比

  裁判所認容額(円) 保険会社提示額(円) 備考
治療費 121,838 121,838  
逸失利益 48,185,280 44,478,720  
死亡慰謝料 24,000,000 13.500,000  
葬儀費 2,000,000 1,300,000  
小計 74,307,118 59,400,558
損害の填補(既払金) ▲121,838 ▲121,838  
74,185,280 59,278,720
弁護士費用 7,400,000 0 保険会社はゼロ査定
合計 81,585,280 59,278,720  
遅延損害金 10,444,430 0 保険会社はゼロ査定
総計 92,029,710 59,278,720

 

[コメント]

 *  「会社の代表者の死亡による逸失利益について現実の報酬を基礎として算定された事例」として,判例誌『判例タイムズ』で紹介された案件

  ⇒ http://www.smaedalaw.com/aboutus/results/traffic.php(判例解説)

この案件の詳しい説明はこちら


 

【ケース2:死亡事故】 

派遣社員である若年者の会社構内での死亡事故につき,保険会社が提示した最終示談提案額は4,800万円強であったが、判決の認容額が7,000万円強となり、遅延損害金も含めると7,800万円余りの支払になった事例

 

  〔裁判所名〕 札幌地方裁判所民事第5部 判決
  〔判決日付〕 平成20年9月11日
  〔事件番号〕 平成19年(ワ)第3491号
  〔事 件 名〕  損害賠償請求事件

 

金額の対比

  裁判所認容額(円) 保険会社提示額(円) 備考
治療費等 108,770 108,770  
逸失利益 49,938,631 44,815,844  
死亡慰謝料 21,000,000 15,000,000  
慰謝料 0 5,300 一旦病院に運ばれたことから,保険会社は,形式的に算定 
葬儀費 0 1,000,000 実際には,派遣先会社が葬儀費を負担したので,示談しても支払われなかったもの
小計 71,047,401 60,821,144
過失割合 10%(減) 20%(減)
中計 63,942,660 48,743,931
損害の填補(既払金) ▲108,770 ▲108,770  
大計 63,833,890 48,635,161
弁護士費用 6,383,389 0 保険会社はゼロ査定
合計 70,217,000 59,278,720  
遅延損害金 7,899,214 0 保険会社はゼロ査定
総計 78,116,214 48,635,161

 

[コメント]

 * 裁判では,加害者側は,30%の過失相殺を主張したが,裁判所は斥けた。

 * 被害者が派遣社員で収入が平均賃金の4分の1程度であったことから,加害者側は,裁判では,逸失利益を算定する基礎となる収入を,保険会社の主張より更に低い金額を主張してきたが,裁判所は斥けた。


 

【ケース3:死亡事故】 

会社代表者の死亡事故につき,保険会社が提示した最終示談提案額は2,900万円足らずであったが、判決の認容額が4,200万円弱となり,遅延損害金も含めると4,600万円弱の支払になった事例

 

  〔裁判所名〕 札幌地方裁判所民事第2部判決
  〔判決日付〕 平成21年2月26日
  〔事件番号〕 平成20年(ワ)第813号
  〔事 件 名〕 損害賠償請求事件
  〔登載文献〕 判例時報2045号130頁

 

金額の対比

  裁判所認容額(円) 保険会社提示額(円) 備考
治療費等 61,510 61,110  
逸失利益 55,234,368 48,393,072  
死亡慰謝料 28,500,000 24,000,000  
葬儀費用等 1,500,000 1,000,000
小計 85,295,878 73,454,182
中計 68,236,702 58,763,346 2割減
損害の填補(既払金) ▲30,061,110 ▲30,061,110  
大計 38,175,592 28,702,236
弁護士費用 3,790,000 0 保険会社はゼロ査定
合計 41,965,590 28,702,236  
遅延損害金 3,979,924 0 保険会社はゼロ査定
総計 45,945,514 28,702,236

 

[コメント]

 *  「交通事故で死亡した57歳の小規模な会社代表者の逸失利益について,役員報酬年額840万円全額を労務対価部分とし,70歳まで稼働可能として算定された事例」として,判例誌『判例時報』で紹介された案件

  ⇒ http://www.smaedalaw.com/mt/2009/08/post-13.php(判例解説)


 

【ケース4:死亡事故】 

主婦の死亡事故につき,保険会社が提示した最終示談提案額は2,300万円足らずであったが、判決の認容額が3,100万円を超え,遅延損害金も含めると3,500万円に近い支払になった事例 

  〔裁判所名〕 札幌地方裁判所民事第2部 判決
  〔判決日付〕 平成17年6月23日
  〔事件番号〕 平成16年(ワ)第893号
  〔事 件 名〕  損害賠償請求事件

 

金額の対比

  裁判所認容額(円) 保険会社提示額(円) 備考
治療費 2,569,221 2,564,071  
入院雑費 10,500 0  
逸失利益 10,475,784 10,545,163  
死亡慰謝料 24,500,000 14,500,000  
小計 37,555,505 27,609,234
過失割合 20%(減) 10%(減)
中計 30,044,404 24,848,311
損害の填補(既払金) ▲2,569,221 ▲2,564,071  
葬祭費 1,500,000 1,000,000
過失割合 10%(減) 20%(減)
葬祭費減 1,229,369
大計 28,704,552 22,284,240
弁護士費用 2,870,000 0 保険会社はゼロ査定
合計 31,574,551 22,284,240  
遅延損害金 3,170,426 0 保険会社はゼロ査定
総計 34,744,977 22,284,240

 

[コメント]

 * 裁判では,保険会社の示談提示の基準より,被害者に有利で高い基準で損害を算定することが明らかであるので,加害者側は,他の理由で損害額を抑えようとして,保険会社との交渉時より,自己に有利な主張をすることがしばしばである。
 本件では,加害者側は,示談交渉で過失相殺率を10%と主張していたのに,30~40%とすべきと主張したが,裁判所は,この主張を斥けた。


 

【ケース5:重度の後遺障害(第1級3号)】 

自動車共済のわずか54万円の残額支払提示に対し、裁判を起こした結果、2,300万円を超える支払を受けることができた事例

 

  〔裁判所名〕 札幌地方裁判所民事第1部 判決
  〔判決日付〕 平成9年6月27日
  〔事件番号〕 平成7年(ワ)第5203号
  〔事 件 名〕 交通事故に関する損害賠償請求事件
  〔登載文献〕 自動車保険ジャーナル第1219号

 

金額の対比

  裁判所認容額(円) 共済提示額(円) 備考
治療費 12,829,713 12,820,000  
入院雑費 490,000 280,000  
休業損害 3,122,696 2,660,000  
逸失利益 25,145,916 26,550,000  
将来の介護費用 27,189,032 16,190,000  
生活装具 61,487 60,000  
慰謝料 25,000,000 12,500,000  
近親者慰藉料 3,000,000 0  
小計 96,838,844 71,060,000
過失割合 30%(減) 45%(減)
中計 67,787,190 39,080,000
損害の填補(既払金) ▲50,748,329 ▲38,540,000  
大計 17,038,861 540,000
弁護士費用 1,700,000 0 保険会社はゼロ査定
合計 18,738,861 540,000  
遅延損害金 4,410,049 0 保険会社はゼロ査定
総計 23,148,910 540,000

 

[コメント]

 * 裁判では,保険会社の示談提示の基準より,被害者に有利で高い基準で損害を算定することが明らかであるので,加害者側は,他の理由で損害額を抑えようとして,保険会社との交渉時より,自己に有利な主張をすることがしばしばである。
 本件では,加害者側は,示談交渉でただでさえ過大に55%の過失相殺を主張していたが,70%以上の過失相殺をすべきと主張したが,被害者側の主張を考慮した裁判所は,重大な過失ではないとして,加害者側の主張を斥けた。
 * 保険会社が一般的に示談提示しない弁護士費用,遅延損害金のほか,将来の介護費用,近親者慰謝料を認めた。

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【ケース6:後遺障害等級併合6級】 

保険会社が提示した最終示談提案額は2,700万円余りであったが、判決の認容額が3,500万円強となり,遅延損害金も含めると4,200万円を超える支払になった事例

 

  [裁判所名〕 札幌地方裁判所民事第1部 判決
  〔判決日付〕 平成18年12月1日
  〔事件番号〕 平成16年(ワ)第1664号
  〔事 件 名〕 損害賠償請求事件

 

金額の対比

  裁判所認容額(円) 共済提示額(円) 備考
治療費 5,689,259 5,689,259  
入院雑費 76,500 58,300  
通院交通費 62,750 62,750  
装具代 10,145 10,145  
休業損害 1,503,618 1,503,618  
後遺症逸失利益 55,732,220 40,119,407  
入通院慰謝料 1,500,000 750,000  
後遺症慰謝料 11,000,000 0  
小計 75,574,492 48,193,379  
素因減額 30%(減)
中計 52,902,144 48,193,379
損害の填補(既払金) ▲20,726,717 ▲20,466,762  
大計 32,175,427 27,466,762
弁護士費用 3,200,000 0 保険会社はゼロ査定
合計 35,375,427 27,466,762  
遅延損害金 4,410,049 0 保険会社はゼロ査定
総計 42,498,970 27,466,762

 

[コメント]

 * 高卒技術職会社員につき,後遺障害に基づく逸失利益の算定基礎収入を,事故前の実収入額(年収257万0400円)とすべきであるとする被告の主張を斥け,平成14年度高卒者男子賃金センサス全年齢平均額(502万7100円)を採用し,後遺障害逸失利益を算定した。

 

【ケース7:後遺障害等級11級・既存障害14級】 

保険会社が提示した最終示談提案額は300万円足らずであったが、判決の認容額が880万円強となり,遅延損害金も含めると980万円を超える支払になった事例

 

  〔裁判所名〕 札幌地方裁判所民事第3部 判決
  〔判決日付〕 札幌地方裁判所平成13年8月28日
  〔事件番号〕 平成12年(ワ)第5073号
  〔事 件 名〕 損害賠償請求事件

 

金額の対比

  裁判所認容額(円) 保険会社提示額(円) 備考
治療費 2,534,050 2,011,306  
入院付添費 306,000 3,219,873  
入院雑費 66,300 43,000  
休業損害 400,000 321,501  
逸失利益 8,403,059 2,560,000  
入通院慰謝料 1,800,000 1,281,360  
後遺症慰謝料 2,500,000 0  
小計 16,009,409 6,217,167  
過失相殺 2割 2割  
中計 12,807,527 5,485,734  
損害の填補 ▲4,766,363 ▲2,490,827  
大計 8,041,164 2,994,707  
弁護士費用 800,000 0 保険会社はゼロ査定
合計 8,841,164 2,994,707
遅延損害金 1,021,930 0 保険会社はゼロ査定
総計 9,863,094 2,994,707

 

 

 

【ケース8:後遺障害等級12級】 

保険会社が提示した最終示談提案額は1,100万円余りであったが、判決の認容額が2,000万円強となり,遅延損害金も含めると2,800万円を超える支払になった事例

 

  〔裁判所名〕 函館地方裁判所民事部 判決
  〔判決日付〕 平成20年4月23日
  〔事件番号〕 平成19年(ワ)第258号
  〔事 件 名〕 損害賠償請求事件

 

金額の対比

  裁判所認容額(円) 保険会社提示額(円) 備考
治療費 10,308,928 10,308,928  
通院費 3,219,873 3,219,873  
入院諸雑費 247,500 247,500  
その他 40,657 40,657  
休業損害 22,894,605 22,177,779  
後遺障害による逸失利益 10,892,251 8,420,690  
入通院慰謝料 3,800,000 2,117,000  
後遺症慰謝料 2,700,000 2,400,000  
小計 54,148,814 46,532,427  
損害の填補 ▲35,390,547 ▲35,390,547  
中計 18,758,267 11,141,880  
弁護士費用 1,800,000 0  
大計 20,558,584 11,141,880
遅延損害金 7,588,584 0 保険会社はゼロ査定
総計 28,146,851 11,141,880

 

[コメント]

 * 裁判では,加害者側は,後遺症の残存期間を14年程度に限定すべきと主張したが,裁判所はこの主張を斥け,被害者側の主張を容れて26年間の逸失利益を認めた。
 * 当事務所で受任するまでの間解決が遅れ長期間経過していたが,その分,上記のとおり,年5分の割合で算定された高額の遅延損害金の支払を得ることができた。

 

 

  【ケース9:後遺障害等級14級】 

保険会社が提示した最終示談提案額は170万円余りであったが、判決の認容額が490万円強となり,遅延損害金も含めると560万円強の支払になった事例

 

  〔裁判所名〕 札幌地方裁判所民事第2部 判決
  〔判決日付〕 平成15年3月20日
  〔事件番号〕 平成14年(ワ)第5075号
  〔事 件 名〕 損害賠償請求事件

 

金額の対比

  裁判所認容額(円) 保険会社提示額(円) 備考
治療費 1,989,134 1,989,134  
通院交通費 269,410 269,410  
後遺障害による逸失利益 2,270,495 750,000  
通院慰謝料 1,200,000 984,000  
後遺症慰謝料 1,000,000 0  
小計 6,729,039 3,992,544  
損害の填補 ▲2,258,544 ▲2,258,544  
中計 4,470,495 1,734,000  
弁護士費用 447,049 0 保険会社はゼロ査定 
大計 4,917,544 1,734,000
遅延損害金 778,138 0 保険会社はゼロ査定
総計 5,695,682 1,734,000

 

 

 

【ケース10:後遺障害なし】 

パート勤務の主婦について,後遺症が残らず,2か月弱パート勤務・家事労働に従事できなかったという程度の事故の場合であっても,裁判を起こした結果,保険会社の最終提示額よりも65万円を超える支払の増額になった事例

 

  〔裁判所名〕 札幌地方裁判所民事第1部 判決
  〔判決日付〕 平成7年6月21日
  〔事件番号〕 平成6年(ワ)第5257号
  〔事 件 名〕 損害賠償請求事件

 

金額の対比

  裁判所認容額(円) 保険会社提示額(円) 備考
治療費 70,500 70,500  
通院交通費等 11,060 7,685  
休業損害 495,551 154,071  
通院慰謝料 200,000 51,800  
小計 777,111 283,956  
損害の填補 ▲183,500 ▲183,500  
中計 593,611 100,456  
弁護士費用 50,000 0 保険会社はゼロ査定
大計 643,611 100,456  
遅延損害金 110,736 0 保険会社はゼロ査定
総計 754,347 100,456

 


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【上告審として受理された部分に関する申立ての理由中,重要と認められた部分】

* 全文 ⇒ http://www.smaedalaw.com/memo/2010/03/post.php

 

第3 反訴請求について
     第一審判決中の相手方Y1ら敗訴部分を敢えて取り消して,不法行為の成立を認めた原審の判断には,最高裁判所の判断がない解釈問題について,誤った法令解釈をした違法があることに加え,最高裁判所判例に違反し,法令の解釈を誤った違法がある。その理由は,次のとおりである。
 1 原審が,申立人による本訴提起行為を訴えの提起が違法な行為として違法であると判断した点について
  (1) 原審は,《控訴人による本訴提起行為((1)のアの(ク)及び(2)のアの(カ))は,被控訴人Y1及び同Y1の情報提供行為が虚偽のものであることを前提とするものであるところ,前記認定のとおり,その情報提供行為はいずれも主たる部分において真実なものと認められ,また,前記認定したところによれば,控訴人は,Bからのより詳しい事情聴取等当然行うべき調査を行わず,Bの虐待に関する複数の供述等を合理的な根拠もなく虚偽と決めつけて,本訴提起に及んでおり,本訴は,権利の存在につきわずかな調査をしさえすれば理由のないことを知り得たにもかかわらずこれを怠って提起されたものということができ,違法性が認められる。》と判断した。
     
  (2) しかしながら,最高裁判所判例は,訴えの提起が不法行為となる場合の要件について,《民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において,右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が,事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。》と判示しているところ,その前提として,《法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは,法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから,裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず,不法行為の成否を判断するにあたっては,いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされる》と述べ,また,《けだし,訴えを提起する際に,提訴者において,自己の主張しようとする権利等の事実的,法律的根拠につき,高度の調査,検討が要請されるものと解するならば,裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当でないからである。》と理由付けとしており(最高裁判所第三小法廷昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁),訴えの提起が違法な行為にあたる場合を制限的に解していることは明らかである。
       現に,上記判決は,前訴が,相手方を土地の売主,土地の測量の依頼者であると誤信して提起されたものであるところ,真の売主,依頼者を客観的方法で一義的に確定するこが可能である事案に対するものであるが,それでも,《・・・・・・,いまだ通常人であれば容易に知りえたともいえないので,・・・・・・更に事実を確認しなかったからといって,上告人のした前訴の提起が裁判制殿趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとはいえず・・・・・・》などと判断して,不法行為の成立を否定して,請求を棄却した。
       これに対し,本件は,申立人としては,客観的痕跡がなく,目撃供述と被告発者の供述が相対立している状況では,申立人としては,少なくとも現場で全般的,個別的な諸々の関わりを持つものとしては,軽視できない個人面談での供述内容,作成メモ,投書の記載内容に接し,これ以上の調査を進めたとしても,原審の判断と同一の結論を真実と確定するなど到底できない状況にあった。
       前記第2の2(4)のとおり,存在する物的,人的資料にほとんど無制限に直接接することができ,時間的な制約もなく,調査を実施した札幌市でさえ,《個別の具体的事例について,行為者やその行為を証拠等により特定するには至らなかった》という結果を出さざるを得かったのである。
       そうであるにもかかわらず,申立人の訴え提起を,《・・・・・・権利の存在につきわずかな調査をしさえすれば理由のないことを知り得た》などと説示するのは,申立人が,突如起こった虐待疑惑の中で右往左往しながら,素人で稚拙ながらも何とか真実を確認しようと努力してきたことに一顧だにせずに無視するものにほかならず,独断的な判断というほかない。
       高等裁判所民事部が2箇部しかない高裁管内においては,上記のような判断が,裁判官,殊に裁判長の考え・個性によって安易にされれば,管内での控訴提起が萎縮抑制され,裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となりかねない
       なお,原審で取り調べられたA施設長の証言中には,確かに思い込み甚だしいと評価されてもやむを得ないものもあるが,それは,事実そのものではなく,判断過程,意見に関わる部分であって,原判決中に,敢えてA施設長の供述を基に縷々事実認定をする一項を設けて,申立人に不利な結論を導く材料とするまでもないと考えられ,申立人の立場としては,A施設長の証言態度に対する過剰反応と思わざるを得ない

  (3) いずれにしても,以上のとおり,原審の前記判断には,前記最高裁判例に違反して不法行為の成立を認めるものであって,法令の解釈適用を誤った違法があることは明らかである。

 

(参考)

                            理 由 要 旨

1 本訴請求について
   暴行行為の存在を主張して不法行為に基づく損害賠償を求める事案において,暴行行為を目撃したとの供述があるものの,行為者とされた者は暴行行為を行ったことを明確に否定しているところ,目撃証言を裏付ける客観的な証拠が存在せず,相矛盾する証拠のなかからいずれを採用し,いずれを捨象するかという判断において,特に慎重な吟味をしなければならないのに,目撃供述の信用性の確実性を認めることができないにもかかわらず,その信用性を認め,当該供述だけで暴行行為の存在を認めるほか,抽象的内容で伝聞供述に過大な価値を認めるなどして,当該供述だけで暴行行為の存在を認め,又は補強するための証拠として採用して判断した原判決には,最高裁判所判例(最高裁判所第二小法廷昭和50年10月24日・民集29巻9号417頁,同第三小法廷平成9年2月25日民集51巻2号502頁,同第三小法廷平成12年7月18日判決・判時1724号29頁)に違反し,採証法則に反する違法がある(なお,最高裁判所第三小法廷平成18年11月14日判決・判例タイムズ1230号88頁)。
    加えて,原審は,控訴審で初めて提出した証拠を時機に後れた攻撃防御方法として直ちに却下したことは,最高裁判所判例(最高裁判所第三小法廷昭和30年4月5日・民集9巻4号439頁)に違反した違法がある。

2 反訴請求について
   反訴請求についても,原審の判断には,不法行為に当たる行為の認定について,上記1と同様の採証法則に反する違法があるばかりか,各認定行為を違法行為であると判断するについて,未だ施行されていなかったいわゆる高齢者虐待防止法の立法趣旨を援用し,内部通報者を保護し,内部通報による不利益を課さない義務があるとし,これに違反したという判断を示した点について,最高裁判所の判断がない解釈問題について,誤った法令解釈をした違法があることに加え,本訴請求が,訴えの提起に違法性が認められる場合にあたるとした点について,最高裁判所判例(最高裁判所第三小法廷昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁)に違反して判断した違法がある。
                   

PDF版 ⇒ http://www2.smaedalaw.com/20080718a.pdf

*上告審として受理された部分に関する申立ての理由中,重要と認められた部分
 ⇒ http://www.smaedalaw.com/memo/2010/03/post-1.php

 

 

平成20年7月18日


最 高 裁 判 所 御中

                                     申立代理人弁護士  前   田   尚   一 

申 立 人   X                 

    相 手 方  Y1外5名               

 上記当事者間の札幌高等裁判所平成20年(ネ受)第7号損害賠償請求上告受理申立事件について,申立人は,次のとおり,上告受理申立ての理由を提出する。なお,略語等は,本理由書で新たに用いるもののほか,原判決(及び第一審判決)の例による。


理 由 要 旨

1 本訴請求について
   暴行行為の存在を主張して不法行為に基づく損害賠償を求める事案において,暴行行為を目撃したとの供述があるものの,行為者とされた者は暴行行為を行ったことを明確に否定しているところ,目撃証言を裏付ける客観的な証拠が存在せず,相矛盾する証拠のなかからいずれを採用し,いずれを捨象するかという判断において,特に慎重な吟味をしなければならないのに,目撃供述の信用性の確実性を認めることができないにもかかわらず,その信用性を認め,当該供述だけで暴行行為の存在を認めるほか,抽象的内容で伝聞供述に過大な価値を認めるなどして,当該供述だけで暴行行為の存在を認め,又は補強するための証拠として採用して判断した原判決には,最高裁判所判例(最高裁判所第二小法廷昭和50年10月24日・民集29巻9号417頁,同第三小法廷平成9年2月25日民集51巻2号502頁,同第三小法廷平成12年7月18日判決・判時1724号29頁)に違反し,採証法則に反する違法がある(なお,最高裁判所第三小法廷平成18年11月14日判決・判例タイムズ1230号88頁)。
    加えて,原審は,控訴審で初めて提出した証拠を時機に後れた攻撃防御方法として直ちに却下したことは,最高裁判所判例(最高裁判所第三小法廷昭和30年4月5日・民集9巻4号439頁)に違反した違法がある。

2 反訴請求について
   反訴請求についても,原審の判断には,不法行為に当たる行為の認定について,上記1と同様の採証法則に反する違法があるばかりか,各認定行為を違法行為であると判断するについて,未だ施行されていなかったいわゆる高齢者虐待防止法の立法趣旨を援用し,内部通報者を保護し,内部通報による不利益を課さない義務があるとし,これに違反したという判断を示した点について,最高裁判所の判断がない解釈問題について,誤った法令解釈をした違法があることに加え,本訴請求が,訴えの提起に違法性が認められる場合にあたるとした点について,最高裁判所判例(最高裁判所第三小法廷昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁)に違反して判断した違法がある。


                                     
                              目     次
                          (註)仮名に修正するなどした関係で頁が代わっている場合があります。
第1 原審の判断とその違法性    5
第2 本訴請求について    6
 1 自由心証主義と採証法則    6
  (1) 事実認定と採証法則違反    6
  (2) 原審の採証法則違反の概要    9
 2 原審が第一審判決に付言して加えた判断について    11
  (1) 同ア(相手方Y1の目撃供述の信用性)について    11
   ア 同(ア)(入所者の身体上の痕跡)について    12
   イ 同(イ)(相手方Y1の供述内容の具体性)について    12
   ウ 同(ウ)(虐待の事実(1)に係る相手方Y1の供述内容が二転三転していること)について    14
   エ 同(エ)(虐待の事実(2),(4)に係る相手方Y1のメモ,投書の記載,個人面談における供述内容の食い違い等)について    16
  (2) 同イ(I及びJの各供述の信用性)について    19
  (3) 同ウ(Bの証言)について    23
  (4)  同エ(札幌市の行った調査結果)について    24
  (5)  同オ(摘示事実3)について    27
      [付]原審が証拠を時機に後れた攻撃防御方法として却下したことについて                                                                  27
  (6) 同カ(摘示事実4)について    29
 3  原審が第一審の判断を引用して摘示事実の真実性を認めた判断について    30
  (1) 本件記事1,2に記載された摘示事実1,2(虐待の事実(1)ないし(4))について    30
   ア 相手方Y1の供述の信用性について    30
    (ア) 相手方Y1の供述内容が具体的であることについて    30
    (イ) 相手方Y1の供述は,その時々で二転三転していること    31
    (ウ) 結論    37
   イ 介護職員I及びJの各供述の信用性について    38
   ウ 証人Bの証言について    38
   エ 札幌市の実施した調査について    39
  (2) 本件記事26に記載された摘示事実5について    39
 4 原審が第一審の判断を引用して摘示事実を真実と信じたことの相当性の判断について    42
  (1) 摘示事実3(本件記事3)について    43
  (2) 摘示事実4(本件記事18)について    46
  (3) 相手方Y5らの取材について    47
第3 反訴請求について    48
 1 原審が,申立人による本訴提起行為を訴えの提起が違法な行為として違法であると判断した点について    49
 2 原審が,申立人に,未施行であった高齢者虐待防止法の立法趣旨を援用し,内部通報者保護及び内部通報者による不利益禁止の義務があるとし,これに違反したとする点について    51
 3 各行為の認定の事実誤認について    53
  (1) 原審が新たに説示を加えた点について    53
  (2) 原審が第一審の判断を引用して認定した行為について    56
   ア A施設長の相手方Y1に対する8月26日の行為((1)ア(ア))について                                                                  56
   イ 8月27日のA施設長,8月28日のC副施設長,9月7日のA施設長,12月28日のO看護主任の各言動((1)ア(イ),(ウ),(カ),(シ))について    57
   ウ 相手方Y1らに対し,職員会議に出席させなかったこと((1)ア(オ),(2)ア(オ))について    58
   エ 夜勤4人としたこと((1)ア(オ),(2)ア(オ))について    58
   オ 家族説明会でBとNにY1発言を否定させたこと((1)ア(キ))について                                                                    59
   カ Y1とY1に対する損害賠償請求事件・本訴の提起((1)ア(ク),(2)ア(カ))について    60
   キ 相手方Y1に対する勤務体系の変更と勤務場所の変更命令((1)ア①(ケ),(サ))について    60
   ケ 8月31日の相手方Y1に対するA施設長とO看護主任の言動((2)ア(ア),(イ),(ウ))について    64

 

第1 原審の判断とその違法性
     本件は,相手方Y6(以下「相手方Y6」という。)が執筆し,相手方Y5(以下「相手方Y5」という。)がその発行するb新聞に掲載した申立人の設置・経営するaで入所者に対する虐待が行われていた旨の各記事につき,申立人が,aにおける虐待の事実はなく,事実に反する当該各記事により申立人の信用及び名誉が著しく損なわれたとして,不法行為(民法709条,同715条,同719条)による損害賠償請求権に基づき,相手方Y5ら,相手方Y3(以下「相手方Y3」という。),相手方Y1(以下「相手方Y1」という。)及び相手方Y2(以下「相手方Y2」といい,相手方3名を併せて「相手方Y3ら」という。)に,各慰謝料及び遅延損害金の支払を求めるとともに,名誉及び信用の回復措置として,申立人Y5に対し,謝罪広告の掲載を求めた一方で(本件本訴),相手方Y1及び同Y1(相手方2名を併せて,以下「相手方Y1ら」という。)が,aにおける虐待の事実を相手方Y3に報告し,報道機関各社の取材に応じるなどしたところ,申立人の幹部職員から罵倒・暴言を受け,また,相手方Y1らがさも虚偽の報告をしているかのような扱いを受けるなどの嫌がらせをされ,さらに,申立人から本件本訴を提起されるなどしたとして,不法行為(民法709条,715条)による損害賠償請求権に基づき,申立人に対し,相手方Y1らが各慰謝料及び遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。
     これに対し,原審は,本件各記事中,申立人の社会的評価を低下させると認定した摘示事実について,真実性の証明がある,又は,相手方Y5らがその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとして,本訴請求を棄却した。
     一方,反訴請求については,第一審判決中の相手方Y1ら敗訴部分を敢えて取り消して,反訴請求を全て認容した。
     しかし,以下に述べるとおり,いずれの判断も理由がない。


第2 本訴請求について
 1 自由心証主義と採証法則
  (1) 事実認定と採証法則違反
   ア 民事訴訟法247条は,いわゆる自由心証主義を採用することを明定し,事実の認定は,「口頭弁論の全趣旨及び証拠調の結果」をしん酌して行わなければならないが,「自由な心証」により,事実についての主張を真実と認めるか否かを判断するものとしている。
         そして,自由心証主義と事実認定の関係については,証拠価値の有無及び強弱の判断は,裁判官のフリーハンドに任せられ,間接事実から直接事実を推認する経験則及び推認を阻害する経験則の取捨選択も,裁判官の自由な判断に委ねられることになるが,法定証拠法則の定める例外があるほか,裁判官の自由な判断・フリーハンドといっても,裁判官の恣意的認定が許されるわけではなく,合理的で理論的な推論が前提となるものとされている(鈴木正裕=青山善光編「注釈民事訴訟法(4)」(加藤新太郎))。
       
   イ 事実上の争点について,どの程度の証明があれば,裁判官が一定の事実があったという心証を形成して事実認定してよいかどうかが問題であり,基本的原則は,訴訟上の立証は「高度の蓋然性」を証明することであり,その判断は「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るもの」でなければならないということである。すなわち,最高裁判所は,《訴訟上の立証は,一点の疑義も許さない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実を是認し得る程度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである》(最高裁判所第二小法廷昭和50年10月24日・民集29巻9号417頁,同第三小法廷平成9年2月25日民集51巻2号502頁)とか,《訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解するべきであるから,法8条1項の認定の要件とされている放射線起因性についても,要証事実につき「相当の蓋然性」さえ立証すれば足りるとすることはできない》(最高裁判所第三小法廷平成12年7月18日判決・判時1724号29頁)と判示している。

   ウ また,事実の認定は,自由心証主義の原則に基づくものであっても論理法則・経験則に従い,合理的理由に基づいてされなければならないことはいうまでもなく,旧法当時において,多くの最高裁判決では,事実認定の過程における経験則違背が上告理由となることを認めている(宇野栄一郎「上告審の実務上の問題」)。
         「採証法則違背」とは,例えば,文書の推定などのような法定証拠法則に違反する場合のみではなく,むしろ旧民事訴訟法185条にいう事実認定における自由心証主義の合理的わくを超えた認定を意味するものとして用いられている。すなわち,自由心証主義は,「論理法則と経験則に従った合理的な証拠の採否,事実の認定でなければならないという不文の法則がその外かくを画するものであり,その法則の違背が採証法則違背とされている場合が多いのである」とされ,実質的には,経験則違背,理由不備・理由齟齬と異なるところはない,とされている(宇野・前掲325頁)。

   エ そして,318条の定める「法令の解釈に関する重要な事項」とは,最高裁判所が法令解釈について実質的な判断を示す必要がある事項をいうとされ,具体的には,①最高裁判所の判断がない解釈問題について最高裁判所の判断を示すべき場合,②最高裁判所が従前の判断を変更すべき場合,③高等裁判所の誤った法令解釈を高等裁判所の判決として確定させることが適当でない場合等がこれにあたるとされている(法務省民事局参事官室編・一問一答新民事訴訟法354頁)ところ,経験から獲得された事物に関する知識や法則たる経験則は旧法下同様に法令に含まれ,原判決に経験則違反がある場合には,それを理由として上告受理の申立てを行うことができると解され(出口雅久「最高裁判所に対する上告」新民事訴訟法体系(4)57頁),最高裁判所は,上告の理由がない場合であっても,「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは,原判決を破棄」することができるとされているので(民事訴訟法325条2項),原判決の採証法則違反も上告受理申立ての理由になり得ると解するのが相当である(徳田和幸「最高裁判所に対する上訴制度」講座新民事訴訟法Ⅲ60頁参照)。
          原審の判断が採証法則の違反があるとされた事例として,例えば,最高裁判所第三小法廷平成18年11月14日判決・判例タイムズ1230号88頁がある
       
     オ 恣意的な濫訴による不必要に過大な役割から最高裁判所が解放されるべく,上告理由が制限されたことは,制度として十分に容認できるところであるが,反面,高等裁判所民事部が2箇部しかない高裁管内においては,裁判官,殊に裁判長の考え・個性によって地域毎に判例が形成されてしまうという事態が生じることがあり得るところであって,同一国内において,法の運用に許し難い差異が生ずることも想定される。
         上告受理を決定するかどうかについては,制度の適切な運用という観点も加味して,適切にされることが不可欠である。
       
  (2) 原審の採証法則違反の概要
   ア  本件では,暴行行為を目撃したという供述があるものの,これを裏付ける客観的な証拠が存在せず,被告発者は暴行行為を行ったことを明確に否定している。このような場合,暴行行為が認定されるということは,被告発者が犯罪者とされるに等しいものであって,相矛盾する証拠のなかからいずれを採用し,いずれを捨象するかという判断において,特に慎重な吟味をしなければならず,客観的な証拠がない中で目撃供述だけを根拠として暴行行為を認定しようというのであれば,目撃供述の信用性の確実性が求められるといわなければならない。
         そして,その場合,供述内容が具体的であるとしても,直ちにその信用性が高いと評価できるとは限らないし,さらに,目撃供述が,伝聞証拠に当たるとか,抽象的内容である場合には相応の吟味が必要である。
         ところが,原審判断は,この点を全く考慮することなく,目撃供述の信用性を安易に認めて,暴行の存在を認定しており,供述証拠の信用性の評価において採証法則に違背する違法がある。
         
   イ 各摘示事実の真実性の認定についての具体的検討は,後に詳細に行うこととするが,例えば,虐待の事実(1)については,実質的に,相手方Y1の証言だけでその存在を認定するものであるが,次のとおり採証法則に違反して認定したものというほかない。
         すなわち,相手方Y1の供述の信用性を裏付けるために第一審判決で取り上げられた補助事実は,通りすがりの者がたまたま現場に遭遇して目撃したというような場合の供述についてであれば,当該供述に高い信用性を認める事情となるであろう。すなわち,他に直接証拠あるいは主要事実と距離の近い間接証拠がない場合であったとしても,供述中に現れた具体的かつ詳細な内容が,供述が事前にはもとより事後であっても容易には了知できないもので,かつ動かすことのできないような客観的事情に合致するときは,そのこと自体によって,証言の信用性が高いと評価することができよう。
         しかし,供述者が,長期間,毎日のように現場におり,上記の客観的事情を了知しているような場合には,そうであるにもかかわらず,そのような客観的事情に符合しないような場合において,当該証言を排斥する理由となることはあっても,客観的事情を了知している者であれば可能な虚偽が介入する抽象的な危険性がある以上,客観的事情に具体的に符合することだけで直ちに相矛盾する証拠を排斥するほどにまで高い信用性を認めることなどできるものではない。そして,さらに,長期間,毎日のように現場におり,供述に具体性を具備させることができる環境にある者の供述であれば,なおさらである。
         そればかりか,特に本件では,暴行行為の有無が争点となっていながら,具体的な暴行による痕跡等の客観的事実を認めるに足りる証拠もなく,特定の暴行行為の目撃者と被告発者の相互に矛盾する供述が存するのみである。
         加えて,訴訟資料以上に広範な証拠資料に制約なく直接接することができた札幌市が《個別の具体的事例について,行為者やその行為を証拠等により特定するには至らなかった》と判断しているのである。
         このような関連証拠の状況において,主要事実に関する証言の証明力をたやすく認めることは,危険であって,目撃証言について,特に慎重な吟味をすることが必要となる。
         上記抽象的危険を払拭しこれを否定する何かがない限り,目撃証言を唯一の証拠として直ちに暴行の事実を認定するための資料として用いることはできない。
         しかるに,それ以外の虐待の事実に係る相手方Y1の目撃供述は,一貫しておらず,その点で,虐待の事実(1)に係る相手方Y1の目撃供述はもとより,他の虐待の事実に係る相手方Y1の各供述の内容も,全体として信用できないものといわざるを得ない。
         加えて,原審の判断は,相手方Y1以外の目撃供述について,同様の採証法則違反,あるいは,供述の現れ方,供述の抽象性,伝聞性等に配慮しない採証法則違反がある。

 2 原審が第一審判決に付言して加えた判断について
     原審は,第一審判決を引用するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の2(原判決4頁))で,これに付言するとして説示を加えている。
     しかしながら,いずれも,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
  (1) 同ア(相手方Y1の目撃供述の信用性)について
   ア 同(ア)(入所者の身体上の痕跡)について
         原審は,《暴行の事実につき,信用すべき目撃供述等が存在すれば,身体にその痕跡がないことのみをもって,上記暴行の事実が否定されることとなるものではない。》と説示する。
         しかし,申立人は,そもそもそのような主張はしていない。原審において,相手方Y5らが,同様に申立人の主張を誤って理解していたようであるので,申立人は,この点を明確に正しておいたところであって(平成19年11月26日付け準備書面(5頁)),それにもかかわらず,敢えて上記説示を加える原審の考えが,申立人には全く理解できない。
         すなわち,Bの行った暴行の回数・程度について相手方Y1の供述内容は変遷するが,第1審判決で控え目に認定された回数・程度であっても,それに至れば,身体的痕跡がある蓋然性が高いはずであるが,それが存在していない以上,客観的な証拠がない中で目撃供述だけを根拠として暴行行為を認定しようというのであれば,目撃供述の信用性の確実性が求められるといわなければならないという,当然のことを述べただけのことである。
       
   イ 同(イ)(相手方Y1の供述内容の具体性)について
         原審は,《控訴人の主張は,被控訴人Y1が虚偽の事実を捜索する動機があった場合に妥当する主張で》る,と説示する。
         しかしながら,供述内容の具体的であることが,その供述に高い信用性を与えることができるかどうか判断は,供述内容の具体性は,一般にその信用性を高めるといえるという傾向を念頭にして,とりあえず内容自体の真実性から離れて観察し,その供述の形態・性質を吟味するプロセスであるから,どの点で具体的なのか,その具体性が当該供述者との関係でどのような意味を持つものなのかを確認することは重要であり,一定の動機の有無とは別レベルで検討することができ,それ自体有益な思考過程である。
         申立人の主張を,原審が説示するような動機がある場合に限定するのは失当である(なお,後記のとおり,《被控訴人Y1においてことさら虚偽の事実を述べる動機を見出し難》いと断定する点も誤った判断である。)。
         すなわち,申立人のこの主張自体は,もとより,供述に現れた内容を創作し得る立場にあるから,直ちに現に創作したとか,その可能性が具体的に想定できるというものではない(現に創作したのか,その具体的な危険があるかどうかの検討は,後記ウ,エで述べるとおり,別の視点から具体的に行われるべきものである。)。申立人は,そのような立場に抽象的な危険性がある場合に,慎重であるべきことを主張しているのである。
         すなわち,相手方Y1は,平成13年5月採用され,それ以降a3階で勤務し,そのまま現在に至っているのであって(乙B13),Dが入室している325号室内部の構造・構成はもとより,aの建物全体(乙B5の1・2)についても熟知しているばかりか,いつでも何度でも,現場に赴いて状況を確認できる立場にあり,たとえ虐待の事実(1)を目撃していなかったとしても,机上あるいは空想の中で,具体的に合理性をもった場面を創作構成することも可能な立場にある。
         また,相手方Y1は,虐待の事実(1)を目撃したとする日から被告本人尋問が実施されるまで1年半の間,平成16年8月30日の番組を皮切りに,「驚きの実態廊下引きずり回し暴言老人ホームでお年寄りを虐待・・・今日も密室で悲鳴が」というセンセーショナルな題名の特集など(甲68)いくつかのテレビ番組に出演して話をしていたほか,組合活動として,多数の聴衆の前で,目撃したとする内容を繰り返し発表する機会を得てきたのであって(甲14,33,63,67,88,92,93,96,98),意図的であるか,無意識であるかはともかく,隙のない具体的なイメージが形成されていっても不思議ではない。
         以上のとおり,相手方Y1は,aで稼働しており,いつでも現場に赴ける立場にあったことに加え,虐待問題について発表・報告するなどの活動をしており,供述すべき内容を補強・増強できる状況にあった。このような立場にあるからといって直ちに供述を創作し虚構であるとして信用性が否定されるものではないことは当然であるが,客観的事情を了知している一般にこのような立場にある者には,客観的事情に符合させた供述をすることができ,事実上虚偽が混入する抽象的危険性があることは否定できない。
         供述の信用性を評価するうえで,供述の具体性は,一般にはその信用性を補強するように機能するとしても,上記のような相手方Y1のaでの稼働状況,虐待問題に係る活動状況に照らすと,供述の具体性を示すものとして第一審判決において取り上げられた各事情は,相手方Y1の供述の信用性を補強するものではなく,それだけで,相互に矛盾する供述を排斥できるほどに高い信用性を認めることはできない。
       
   ウ 同(ウ)(虐待の事実(1)に係る相手方Y1の供述内容が二転三転していること)について
         原審は,虐待の事実(1)(Dへの暴行)に係る相手方Y1の供述内容が,その時々で二転三転している旨の申立人の主張を排斥しているが,その理由は,結局のところ,相手方Y1の供述を全面的に採用して相手方Y1の供述内容に信用性が否定される程度の食い違いはないとするものであって,失当である。
         相手方Y1の供述内容の,その時々での食い違いは,次のとおり,同供述の信用性を評価するにあたって軽視できないものといわなければならない。
    a 相手方Y1が,初めて,平成16年6月8日,A施設長に述べたのは,《Bさんが,利用者の腕を引っ張ってベッドから引きずり落とそうとしていたのを見た。Bさんをクビにしてほしい。」「頭から落とそうとしていたが,利用者は誰か言えない。」》という内容であった(甲185の1頁)。
           ところが,相手方Y1の投書には,《Bさん,夜勤帯排泄時,D氏の頭を何度も叩く,怒鳴る等暴力ありました。》と記載されており(甲162),暴行の態様が全く異なるものであった。
           そして,《平成16年8月25日に行われた個人面談において,被告Y1は,何回叩いたかは不明と述べたことが認められる(甲117,135)》(第一審判決37頁10行目から11行目)。すなわち,申立人が実施した個人面談の結果を集約した資料(甲135の赤仕切用紙の後の11ないし23頁)に《どの位,何回叩いたかは不明(1~2分・1~3回)》(甲135の赤仕切用紙の後の16頁),《副施設長に対して,BCWがD氏の頭を叩くのを見たが,どの位,何回叩いたかもはっきりしないと述べていた。そこで,副施設長が,時間や回数を尋ねてみたが,1,2分,1回から3回くらいと曖昧な説明のまま終わっていた》のである(甲135の赤仕切用紙の前の8頁)。
           C副施設長が述べるとおり,《その後の面談では,Y1CWは,叩いた時間,回数がまちまちで,その都度違っていました。(ある時は5~6分,ある時は(Q事務局長の面談)10分,ある時は時間を計っていないので分からない)》(甲117の3頁)と,時間,回数など暴行の程度に関する相手方Y1の供述は,二転三転していった。
           平成16年8月27日のb新聞朝刊に掲載された本件記事1には,《何十発もたたき続けた。》と記載されている。相手方Y6としては同記事を執筆するに当たり,相手方Y1の目撃供述に全面的に依拠するほかないことからしても,相手方Y1は,このとおり述べたものと考えられる(Y1調書(原審)12頁2行目から13行目)。そして,《被告Y6は,平成18年8月20日ころ,被告Y1及び被告Y1を取材し,虐待行為について,加害者及び被害者,暴行の態様等について詳細に話を聞くとともに,被告Y1及び被告Y1が,同年6月ころから記載していた虐待行為に関するメモの写しを受け取った。(乙A7)》(第一審判決34頁7行目から10行目)。
           ところが,被告本人尋問においては,第一審がそのまま引用するとおり,「回数は厳密には数えていませんが,数発ではなく,10発以上だと記憶しています。」と述べるに至ったのである。
           そして,相手方Y1の原審法廷における供述も,2度目の法廷であるにもかかわらず,時間を図っていないことを盾に,曖昧で極めて歯切れが悪い内容となっている(Y1調書(原審)11頁1行目から12頁17行目)。
         
    b 第一審は,本件記事1が記載した「何十発もたたき続けた」という事実について,上記のとおり,《疑問が残る》とか,《本件記事1の記載は必ずしも正確なものとはいえない》(第一審判決38頁16行目から19行目)としながら,《当該暴行については,「一定時間,少なくとも10回以上たたいた」と認められる》としている。
           しかしながら,暴行の程度は,当該暴行行為の性格を基礎付ける基本的要素であって,目撃した場合には特に印象に残ってしかるべき事項であるから,虐待の事実(1)についての供述についての上記のような変遷あるいは齟齬を軽視して,縮小認定すれば足りるとすることはできず,同事実に係る供述の信用性そのものを疑わせるものであるというべきである。
         
   エ 同(エ)(虐待の事実(2),(4)に係る相手方Y1のメモ,投書の記載,個人面談における供述内容の食い違い等)について
         原審は,E及びGへの虐待(虐待の事実(2),(4))につき,相手方Y1のメモ,投書,個別面談での供述内容等に係る申立人の主張を排斥している。しかし,その説示は,結局のところ,全面的に採用する相手方Y1の供述内容や蓋然性のそう高くない経験則を用いてするものであって,理由がない。
         次のとおり,メモ,投書,個別面談における記載・供述の有無,食い違い,供述内容等は,相手方Y1の供述の信用性を評価するにあたって軽視できないものといわなければならない。
    (ア) 虐待の事実(2)及び(4)について,本件申入書添付の相手方Y1のメモに当該暴行に関する記載がなく,また,平成16年8月25日に行われた個人面談においても,相手方Y1が当該暴行に言及していないばかりでなく,申立人が平成16年8月25日に実施した個人面談においては,相手方Y1は,《この1件だけ目撃しており,その他の行為は人伝えで聞いたことがある。》と述べていた(甲135の赤仕切用紙の後の16頁)。
           また,投書箱に投函されたY1の投書(甲162)には,虐待の事実(1)のみが直接目撃したものとして記載されており,虐待の事実(4)は,《その他,G氏に「汚い」と言って暴力あったそうです。》と伝聞として記載され,虐待の事実(2)に該当する記載はない。
         
    (イ) 個人面談において,虐待の事実(2)及び同(4)について言及しなかったことについて,相手方Y1は,反対尋問においては「当時のC副施設長と面談したときに話したのはだれの件を言いましたか。」という質問に対し,「ほかの件については,もうそのとき,8月25日の時点で,自分の感情の中で,施設がBさんのほうに,肩を持っているなという,あと,このままこの問題をうやむやにされてしまうなっていう気持ちがとても強かったので。1つ言ってても何もしてくれない,で,ほかに投書してる人もたくさんいるって聞いているのに,本人がやってないってなったら何もやらないという姿勢について,大変やはり,もうこれ以上何を言ってもという気持ちはありました。」と明確に述べ,引き続く裁判長の「お答えが途中だったようですが,続けておっしゃっていただきます。」の質問に対しても,「Dさんのことしか言ってないというのは,気持ち的には,そのときにもう2か月ぐらいたっていたので,何もしてもらえないんだなという気持ちが強かったからです。」と説明している(Y1調書(第一審)57頁20行目から59頁5行目)。
           しかし,相手方Y1は,主尋問においては,「3人は,あなたの話を聞いて,暴力は,これはないんだと,あなたが言ってることはどうも事実と,客観的な事実か,あるいはほかの人の言ってる事実と違うんだと,だから,本当は暴力はないんだというような対応なのか,それとも,あなたがやっぱり言ってることは,それはそうかもしれない,それが事実かもしれないという対応なのか,その辺のニュアンスは。」という質問に対し,「そうかもしれないというような,私の話を,そうかもしれないっていうか,そういうことがあったんだなというように聞いてくれたというふうに私は感じました。」「そのときには,副施設長も主任たちも,私の今施設内で置かれている立場に対して,大変だ,みんなに冷たくされてるとかそういうことは,もう2か月ぐらいで分かっていたので,大変だねということで,そういう声掛けなどもあったように思います。」と主観的に応じていると供述している(Y1調書(第一審)の31頁24行目ないし32頁10行目)。
           上記反対尋問における説明は,上記主尋問における回答と整合しておらず,相手方Y1が,真実,虐待の事実(2)及び同(4)を目撃していたのであれば,敢えて言及することを控える理由としては不十分であるといわざるを得ず,後付けの理由としか考えられない。
           相手方Y1は,上記のように説明する個人面談においては,虚偽の事実を述べることについて,心理的抵抗があったということを容易に推察することができる。

    (ウ) また,相手方Y1の陳述書(乙B13)中には,《事案(2)と(4)については,目撃した日付けをはっきり覚えていなかったので,7月はじめの段階では投書せず,詳しく聞かれることがあると思っていたのでその時は話したいと考えていました。》との記載部分がある(3頁)。
           しかし,上記説明に反して,相手方Y1の投書(甲162)中には,虐待の事実(4)に関しても,《その他,G氏に「汚い」と言って暴力あったそうです。》との記載があり,上記は不合理な説明である。投書自体匿名で端緒となるのであるから,相手方Y1自身,虐待の事実(1)に関しても,投書中で,日付けを特定して記載しているわけではないのであるから,この時点で,真実目撃したのであればそのとおり記載するのが自然であり,同じく日付けを特定していない他の者の目撃(伝聞)だけを記載することに合理性は認められないというべきである。

  (2) 同イ(I及びJの各供述の信用性)について
       原審は,《福祉施設の中で同僚の介護職員が入所者に暴力を振るっているとの事実は,介護職員としては,進んで言うことがはばかられる事実であり,自らの供述に基づきその職員が何らかの処分を受けるかもしれないことが予想される中でなされた上記各供述は,その職員に敢えて不利益を与えたい理由がない以上,その信用性が相当程度高いというべきである。》として,抽象的・一般的なレベルの経験則を背景とする類型的判断を説示することによって,この点に係る申立人の主張を排斥する。
       しかしながら,上記説示の限りでは,一定の類型的判断として正しいとしても,最終的に,個人面談でのI及びJの各供述を採用するかどうかについては,個人面談の目的・性質・状況,各供述が記載された資料の性質・作成過程,供述について内容の抽象性・伝聞性を軽視することなく総合的に判断されるべきものである。
       かかる観点からすると,次のとおり,上記供述は,その性質上類型的に信用性が低いといわなければならない。
       すなわち,第一審は,I及びJの各供述を,虐待の事実(2)(E)の認定において第一審反訴原告Y1の供述を補強するための証拠として,Iの供述を虐待の事実(3)(Fへの暴行)を認定する唯一の証拠としてそれぞれ採用しているが,次のとおり理由がない。
   ア 第一審が,虐待の事実(2)に係るI及びJの各供述,虐待の事実(3)に係るIの供述の各信用性を認める根拠は,次の①ないし③である(第一審判決39頁10行目から14行目,22行目から24行目)。
     ① 《aにおいて入居者に対する暴行行為が問題とされている時期のものであったこと》
     ② 《原告自身が実施した内部調査での供述であったこと》
     ③ 《I及びJが,殊更虚偽の事実を述べる動機等はうかがわれないこと》
         そして,原審の上記説示も,上記のとおり,第一審のする判断に過不足を補い表現を変えて行うものであるが,それらは,人間行動の類似性,その蓋然性に基づく経験則を前提とするものとして,上記のような事情を根拠としたものと推察される。
         しかし,抽象的に,人間行動の類似性,その蓋然性に基づく経験則を語るのであれば,札幌市から指導があり,直ちに平成16年6月11日,現場の声を聞くための職員会議が開催され(甲171),虐待問題が取り上げられていく当時の状況において,それ以降において虐待行為または不適切処遇を敢行するはずがないということもいえるはずであって,第一審が根拠として掲げる事情との間に質的差異はない。
         ある者の犯罪的行為について,客観的な裏付けがみあたらないにもかかわらず,目撃者の供述しか存在していないような本件のような状況下においては,更に慎重な吟味をしないまま,上記事情だけをもって定型的,類型的,形式的に判断して,補強する役割を持たせたり,さらにはそれだけで認めるなど,高い信用力を持つ証拠として採用するのは,明らかに行き過ぎである。
       
   イ I及びJの各供述が,「別の機会」についてのものであることは,本件申入書の記載から明らかであり(乙B1の2(2)(22頁),相手方らもこれを認めている(第一審判決12頁17行目)。同一職員の同一入所者に対する行為とはいえ,「別の機会」の目撃供述が互いにどの程度補強できるのか大いに疑問である。
         加えて,食堂での食事には,多数の介護職員が参加するのに,他の介護職員による同一機会の供述が存在しないことも軽視できない事情である。
                                                
   ウ I及びJの各供述は,法廷での供述がないことはもちろん,自らが作成した陳述書が存在するわけでもなく,次のとおり,いずれも,申立人が実施した個人面談の結果を,C副施設長がまとめた資料(甲135の赤仕切用紙の後の11ないし23頁)に現れるものであって,その性質上の証拠価値は低いといわざるを得ない。
    (ア) Kの陳述書(乙B12)の中に,《J職員が食堂でEさんの頭を叩くのを見た。I職員が食堂でEさんの頭とFさんの頭を叩くのを見た。》との記載がある(1頁)。
           また,申立人が実施した個人面談の結果を集約した資料の中に,Iについては,「① 6月頃,B介護職員が入居者(F氏・E氏)をげんこつで殴っていた。」と記載され(赤仕切用紙の後の15頁),Jについては,「① B介護職員が朝食後薬を飲まなかった入居者(E氏)の頭を叩いた(1ヶ月以上前の夜勤明けの時)」とあるのみである(甲135の赤仕切用紙の後の13頁)。
    (イ) 甲135中の資料は,職員ごとに各自が個人面談で述べた内容を,発言した具体性をすべて反映させながらまとめたものではあるが(C調書4頁),相手方Y1の供述の証拠価値の判断において第一審が説示したような具体性や特定性さえも認めることができない。
           また,個人面談には,C副施設長らは,できるだけ当該職員の口からいろいろなことを聞こうとして取り組んでおり,取調べのように真偽を確かめるようなことはしておらず(C調書21頁16ないし18行目),集約された各供述は,伝聞供述のままであり,その真実性が担保されているわけではない。
           しかし,平成16年8月19日の個人面談の際,Lが述べた,BとHが一緒の際の内容は,《② H介護職員が入居者(G氏)に「早く起きなさい」と靴で頭を殴る。その時,止めるよう言ったが止めなかった。またその時,B介護職員も一緒にいたが止めることもなく「起きないと大変なことになる」と入居者に言っていた。後日もまた靴で殴ったとステーションで会話されていた。》(甲135の赤仕切用紙の後の14頁)であって,Bについては暴行行為を述べてはおらず,相手方Y1が伝聞したLの供述とは食い違うのであって,このような場合,伝聞供述であるだけに,相応の吟味がされてしかるべきである。

      エ I,Jの各供述は,前記ウのとおり,性質上,類型的に信用性が低いというべきところ,少なくとも前記イのような疑問がある以上,他に各供述の信用性を補強する事情が認められない限り,前記アで述べたとおり,第一審が持ち出したような定型的,類型的,形式的な事情によって,虐待の事実(2)に関して,I及びJの各供述に,相手方Y1の供述を補強する役割を与えたり,I供述に,これだけで直ちに虐待の事実(3)を認めるほどの高い信用力を認めることはできない。

  (3) 同ウ(Bの証言)について
       原審は,《本件において,被控訴人Y1が,Bによる虐待行為を目撃したとの詳細かつ具体的な供述をしており,かかる供述が虚偽だとすれば,被控訴人Y1に虚偽の供述をする動機があるはずであるのに,Bにおいて虚偽供述の合理的な動機を提示し得なかったことから,被控訴人Y1の供述は信用できることになるだけであ》ると,あたかも反射的な結果であるに過ぎないかのように説示する。
       しかしながら,上記説明は,相手方Y1とBとの対峙を想定して,《Bにおいて虚偽供述の合理的な動機を提示し得なかったことから・・・・・・》とするものであって,説示表現にかかわらず,心証形成においては,Bが相手方Y1の虚偽供述の動機を合理的に説明できなかったこと自体を,虐待行為を行っていないとのB供述の信用性を否定する理由としていたことが窺われる。
       なお,原審は,《Bにおいて虚偽供述の合理的な動機を提示し得なかった》と断定するが,このように言い切ることには疑問がある。
       すなわち,第一審は,《証人Bの証言によれば,被告Y1とBがもめたのは平成15年ころであり,aで職員の暴行行為の問題となる1年も前のことである上,それ以外にBと被告Y1とが仲違いするようなことはなかったことからすれば,被告Y1が殊更虚偽の供述をする動機等は認め難》いとする。
       しかしながら,決定的な対立が後に尾を引くということもありえないわけではなく,Bの説明も否定しきることはできない。
       相手方Y1が虚偽供述をした動機に関するBの説明は,第一審が《被告Y1とは,以前に一時もめたことがある》と表面的に要約した内容(第一審判決の40頁)に尽きるものではなく,その実質は,Y1がその頃親密に交際していた異性との関係に重大な影響を与えかねないことに関わるものであって(甲130の7頁),前記のとおり,相手方Y1の供述は一貫性がなく,平成16年6月30日,A施設長に虐待の事実(1)に関する報告をした以降,もともと目撃したとする事実については暴行の程度が激しくなり,目撃したとする行為の範囲が拡大していくことに照らすと,少なくともスタート時の動機の説明としては,一定の合理性を認めることもできる。
       Bも,相手方Y1も,相手方Y3の下部団体であり,aの介護職員の多数が加入していたaユニオンの組合員であったところ,中心的に活動していたBが,同ユニオンを指導していた相手方Y3の書記長である相手方Y4と対立し,これを脱退したところ,相手方Y1,相手方Y1,Lを除き,加入していたほとんどの組合員がBに追随して脱退したことからも,少なくとも相手方Y1との従来からの潜在的な対立の存在が窺われるところである。
       相手方Y1の動機を論ずるに当たって,一定時期から相手方Y1が,虐待問題について,相手方Y3の活動として行動することになったことに照らし,相手方Y4ら相手方Y3の意向が強く相手方Y1に働き続け,相手方Y1もこれを受容していったことを考慮する必要がある。相手方Y1のモチベーションに相手方Y4ら相手方Y3の影響力が大きく働いていることは軽視できない事情である。
     
  (4)  同エ(札幌市の行った調査結果)について
       原審は,《札幌市が行った調査結果が,「個別の具体事例(ママ)について,行為者やその行為を証拠等により特定するには至らなかった」(甲60)》というもの《であったとしても,そのことによって,訴訟手続に従ってなされた施設の介護職員の証言等による虐待の事実の認定が左右されるものではない。》とする。
       しかし,札幌市の行った調査結果については,次の点を留意すべきである。
   ア 札幌市の調査報告書(甲60)で《個別の具体的事例について,行為者やその行為を証拠等により特定するには至らなかった》というのは,単に調査の目的から必要がないため記載しなかったということではない。同調査報告書において,訴訟資料以上に広範な証拠資料に制約なく直接接して調査を実施した札幌市は,それでもなお,《個別の具体的事例について行為者やその行為を証拠等により特定するには至らなかった》という判断そのものを示しているのである。すなわち,《札幌市に申告のあったような事実関係が認められるか》について,これを確認するができなかったと述べているのである。
         原審のように,札幌市の調査の目的を如何に捉えようとも,札幌市が,札幌市に申告のあったような事実関係を,接した広範な証拠資料に照らしても認めるに至らなかったと判断したことは明らかなことである。
         また,少なくとも,原審のように目撃者の証言の信用性を高める機能を有するものということはできないのである。

   イ 札幌市は,平成16年12月20日厚生委員会資料である「特別養護老人ホームaの調査結果について」と題する資料(甲60)を提示し,「4 調査結果」として,《個別の具体的事例について,行為者やその行為を証拠等により特定するには至らなかったが,当該施設の職員や入所者家族からの相当数の具体的な証言や介護記録など当該施設における関係書類の記録等から,虐待によって生じる可能性のある結果が認められた。》と報告した。
         すなわち,札幌市は訴訟資料以上に広範な証拠資料に制約なく直接接して調査を実施したものであって,それでもなお《個別の具体的事例について,行為者やその行為を証拠等により特定するには至らなかった》のである。
         もっとも,札幌市は《当該施設の職員や入所者家族からの相当数の具体的な証言や介護記録など当該施設における関係書類の記録等から,虐待によって生じる可能性のある結果が認められた。》とも報告しているので,この点について付言する。
    (ア) 札幌市が,《虐待によって生じる可能性のある結果》と表現するのは,あざなどの身体的痕跡を指すと考えられる。
           しかし,高齢者,特に認知症が進んでいる場合,同じく入所を前提とする病院などに比べると,身体的痕跡が生ずることが格段に多いところ,特別養護老人ホームにおける身体的痕跡の発生に係る統計もなく,aで確認された数字自体が他と比べ高いものなのかも判然としない。
           そして,身体的痕跡の性状だけを見ても,多くの場合,それだけで原因が判明しない。札幌市の調査にあたった担当者も,現場に従事したことのある経験者でもなく,また,札幌市が確認したのは,すべて《介護記録など当該施設における関係書類の記録》中の記載によってであり(甲60の2(2)(2頁)),身体的痕跡の記載があったこと自体から《虐待によって生じる可能性》を推論することはできない。
         
    (イ) 札幌市は《当該施設の職員や入所者家族からの相当数の具体的な証言》と報告する。
           職員の具体的な証言の内容は明らかにされていないが,申立人が実施した個人面談の結果と同様のものであろうと推測される。そうであるならば,それらは,具体的で詳細なものではなく,数ばかりをカウントして,入所者に対する暴行等が繰り返されていたかのように断言することはできない。
           もとより職員の証言すべてが信用できないなどと断定することができないことは言うまでもないが,札幌市が《「申入書」に記載の身体的虐待事例5件については,目撃5名,伝聞24名の証拠が得られ》としながらも(甲60の2頁),《個別の具体的事例について,行為者やその行為を証拠等により特定するには至らなかった》としていることに着目すべきである。
         
    (ウ) 高齢になった利用者が平穏な生活ができることを願って施設に預けた家族が,利用者の変調につき,施設の不適切な処遇を疑う心情は十分に理解できる。
           しかしながら,後記オのとおり,入所者に明確な身体的痕跡が認められ,入所者が介護職員の暴行行為によって生じたと述べている場合あっても,客観的証拠に照らすと,介護職員の暴行行為によって生じたものではないことがある。
           介護職員の暴行行為によって生じたものではないことにおよそ疑いを差し挟む余地のない場合であっても,認知症が進んだ高齢の入所者の中には,「夜中にお兄ちゃんが来て殴った」と言うこともあり,家族としてこれをそのまま受け取ることがあるが,このようなことも決して異例とはいえないのが,特別養護老人ホームの実情である。
           入所者家族の語る不信についても,数ばかりをカウントして,入所者に対する暴行等が繰り返されていたかのように断言することはできない。

  (5)  同オ(摘示事実3)について
      [付]原審が証拠を時機に後れた攻撃防御方法として却下したことについて
       原審は,《控訴人は,摘示事実3について,証拠によれば,控訴人の介護職員がDを殴ったことはあり得ない旨主張する。》として,《控訴人がその根拠として提出する証拠(甲186ないし199)は,時機に後れた攻撃防御方法として却下されており,それ故,被控訴人Y5らの反論,反証もされておらず,これらをもとに摘示事実3の真実性を判断するのは相当でない。》と説示する。
       しかしながら,甲186ないし199は,相手方Y5らが,原審において初めて,実際に取材したというのであれば,その関係上,第一審でも容易に提出できたであろうDの孫であるD'の陳述書(乙A28),D'の写真(A29の1・2)を原審において初めて提出したため,原審における攻撃防御の必要から提出したものである。
       最高裁判所判例は,《控訴審において初めて提出した攻撃防御の方法が,民訴第139条にいわゆる時機に後れたるや否やは,第一審依頼の訴訟手続の経過を通関してこれを判断すべく,時機に後れた攻撃防御の方法であっても,当事者に故意または重大な過失が存し,かつ訴訟の完結を遅延せしめる場合でなければ,同条によりこれを却下し得ないものと解すべきである。》旨判示しており(最高裁判所第三小法廷昭和30年4月5日・民集9巻4号439頁の判決要旨),期日の進行過程に照らしても,上記事情において,甲186ないし199を直ちに却下した上記原審判断は,上記最高裁判決に違反したものであって,明らかに違法である。
       そして,控訴審になって提出された証拠も併せ考慮すると,次のように考えるのことができる。
       すなわち,原審において,相手方Y5らは,D'の陳述書(乙A28),あざの写真(乙A29の1・2)を提出した。
       上記写真に写されたあざは,極めて衝撃的なものであろうし,D'は,利用者の家族として,上記陳述書(乙A28)の中で,《祖母はaにいたころ,白内障で視力が低下していましたが,その分,聴力がしっかりしていました。自分に暴力をふるった人のことを,その声色から,「若いお兄ちゃん」と判断したのだと思います。》などといった推論も述べている。
       しかしながら,Dが言っていた「夜中にお兄ちゃんが来て殴った」ということは,客観的証拠に照らしてあり得ないことなのである。
       すなわち,Dの身体的痕跡は,平成16年7月28日午前7時30分に,安保介護職員によって発見され,午前8時30分に武岡看護師が確認しており,このことはDの看護記録の7月28日の欄(甲135の資料の2の2(同調査報告書では,赤紙によって仕切られた前の部分の後半(表紙を入れて27枚目以降)に,本文に直接的な資料をピックアップし資料番号を付して綴られている。甲198)のほか,介護記録(甲196),3F看護日誌(甲197),同日の3F看護日誌(甲198)にも記載されている。
       上記身体的痕跡が生じた時期は,同年7月27日の引継時から同月28日にかけてであると考えられるが,平成16年8月の3F介護職員勤務表(7月21日~8月20日)(甲194の1・2,乙B18の5)を確認すると,男性の介護職員は3階に夜勤していない。
       さらに,念のため調査したところ,平成16年8月の2F介護職員勤務表(7月21日~8月20日)(甲195)を確認すると,その間,2階でも夜勤とされていた男性の介護職員はおらず,男性介護職員(6名)すべてのタイムカード(甲188ないし193)を確認すると,その時間帯に勤務していない。
       したがって,Dを《夜中に若いお兄ちゃんが来て殴った》ことはあり得ないのである。

  (6) 同カ(摘示事実4)について
       原審のここでの説示は,申立人の主張を排斥するためだけの形式的な論難であるとしか言い様がない。
       《元職員らの発言内容が札幌市に対してもなされたものかどうかを,被控訴人Y6が札幌市の担当職員に確認したか否かについて,被控訴人Y5らと札幌市の間に見解の相違がある(乙A6,甲47)》ということは異例なことであって,軽視されるべき事態ではなく,このように,取材方法そのものについて,取材者と被取材者の間に大きな見解の相違が出ること自体,取材方法の不適切さが推認される。
       しかるに,原審は,何ら理由を示すことなく,《仮に札幌市が公式に上記確認を行わなかったとしても,それだけで,被控訴人Y6の取材方法が相当性を欠くということにもならない。》と判断しているのである。
       なお,摘示事実4はもとより,これに限らず,被控訴人Y6の取材方法が相当性を欠くものであったことは,後記4のとおりである。


 3  原審が第一審の判断を引用して摘示事実の真実性を認めた判断について
  (1) 本件記事1,2に記載された摘示事実1,2(虐待の事実(1)ないし(4))について
   ア 相手方Y1の供述の信用性について
    (ア) 相手方Y1の供述内容が具体的であることについて
           第一審は,虐待の事実(1),同(2)及び同(4)について,相手方Y1の各目撃供述を信用することができる共通の理由として,その供述内容が具体的であることを用いている。
           確かに,供述中に現れた具体的かつ詳細な内容が,供述者が容易に了知できず,かつ動かすことのできないような客観的事情に合致するときは,そのこと自体によって,供述の信用性が高いと評価することができよう(例えば,現場に通りすがりの者の供述が,全く馴染みのない客観的事情に符合しているような場合。)。
           しかし,客観的事情を了知している者については,意図すれば,了知している客観的事情に符合させた虚偽の内容を創作することも可能であり,客観的事情に符合しないような場合に,当該供述を排斥する理由となることはあっても,このような抽象的危険性がある以上,客観的事情に具体的に整合するからといって,それだけで直ちに高い信用性を認めることはできないといわなければならない。
            そして,本件は,虐待行為の有無が争点となっていながら,具体的な暴行による痕跡等の客観的事実を認めるに足りる証拠もなく,特定の虐待行為を目撃したという者と行為者とされる者の相互に矛盾する供述が存するのみであるという事案である。
           しかし,相手方Y1は,aで稼働しており,いつでも現場に赴ける立場にあったことに加え,虐待問題について発表・報告するなどの活動をしており,供述すべき内容を補強・増強できる状況にあった。このような立場にあるからといって直ちに供述を創作し虚構であるとして信用性が否定されるものではないことは当然であるが,客観的事情を了知している一般にこのような立場にある者には,客観的事情に符合させた供述をすることができ,事実上虚偽が混入する抽象的危険性があることは否定できない。
           相手方Y1の供述について,内容が具体的であることから一定レベルの信用性を付与することができるとしても,aでの稼働状況や活動状況に照らすと,それだけで,相互に矛盾する供述を排斥できるほどに高い信用性を認めることはできない。
         
    (イ) 相手方Y1の供述は,その時々で二転三転していること
     a 第一審は,虐待の事実(1)(Dへの暴行)について,相手方Y1の供述を,《被告Y1は,原告の実施した個人面談時から一貫してBのDに対する暴行を目撃した旨述べており》と説示する(第一審判決38頁7行目から8行目)。
             しかし,《一貫して》いるといっても,相手方Y1が,上記の抽象的結論を維持しているという限りにおいて一貫性が認められるにすぎず,次のとおり,その時々で二転三転しており,全く一貫性がないといわなければならない。
           
     b 相手方Y1が,初めて,平成16年6月8日,A施設長に述べたのは,《Bさんが,利用者の腕を引っ張ってベッドから引きずり落とそうとしていたのを見た。Bさんをクビにしてほしい。」「頭から落とそうとしていたが,利用者は誰か言えない。」》という内容であった(甲185の1頁)。
             ところが,相手方Y1の投書には,《Bさん,夜勤帯排泄時,D氏の頭を何度も叩く,怒鳴る等暴力ありました。》と記載されており(甲162),暴行の態様が全く異なるものであった。
             そして,《平成16年8月25日に行われた個人面談において,被告Y1は,《何回叩いたかは不明と述べたことが認められる(甲117,135)》(第一審判決37頁10行目から11行目)。すなわち,原告が実施した個人面談の結果を集約した資料(甲135の赤仕切用紙の後の11ないし23頁)に《どの位,何回叩いたかは不明(1~2分・1~3回)》(甲135の赤仕切用紙の後の16頁),《副施設長に対して,BCWがD氏の頭を叩くのを見たが,どの位,何回叩いたかもはっきりしないと述べていた。そこで,副施設長が,時間や回数を尋ねてみたが,1,2分,1回から3回くらいと曖昧な説明のまま終わっていた》のである(甲135の赤仕切用紙の前の8頁)。
             C副施設長が述べるとおり,《その後の面談では,Y1CWは,叩いた時間,回数がまちまちで,その都度違っていました。(ある時は5~6分,ある時は(Q事務局長の面談)10分,ある時は時間を計っていないので分からない)》(甲117の3頁)と,時間,回数など暴行の程度に関する相手方Y1の供述は,二転三転していった。
             平成16年8月27日のb新聞朝刊に掲載された本件記事1には,《何十発もたたき続けた。》と記載されている。相手方Y6としては同記事を執筆するに当たり,相手方Y1の目撃供述に全面的に依拠するほかないことからしても,相手方Y1は,このとおり述べたものと考えられる(Y1調書(原審)12頁2行目から13行目)。そして,《被告Y6は,平成18年8月20日ころ,被告Y1及び被告Y1を取材し,虐待行為について,加害者及び被害者,暴行の態様等について詳細に話を聞くとともに,被告Y1及び被告Y1が,同年6月ころから記載していた虐待行為に関するメモの写しを受け取った。(乙A7)》(第一審判決34頁7行目から10行目)。
             ところが,被告本人尋問においては,第一審がそのまま引用するとおり,「回数は厳密には数えていませんが,数発ではなく,10発以上だと記憶しています。」と述べるに至ったのである。
             そして,相手方Y1の原審における供述も,2度目の法廷であるにもかかわらず,時間を図っていないことを盾に,曖昧で極めて歯切れが悪い内容となっている(Y1調書(原審)11頁1行目から12頁17行目)。
           
     c 第一審は,本件記事1が記載した「何十発もたたき続けた」という事実について,上記のとおり,《疑問が残る》とか,《本件記事1の記載は必ずしも正確なものとはいえない》(第一審判決38頁16行目から19行目)としながら,《当該暴行については,「一定時間,少なくとも10回以上たたいた」と認められる》としている。
             しかしながら,暴行の程度は,当該暴行行為の性格を基礎付ける基本的要素であって,目撃した場合には特に印象に残ってしかるべき事項であるから,虐待の事実(1)についての供述についての上記のような変遷あるいは齟齬を軽視して,縮小認定すれば足りるとすることはできず,同事実に係る供述の信用性そのものを疑わせるものであるというべきである。
           
     d なお,暴行があっても常に客観的痕跡が残るとまでは断定できないものの,高齢者を「一定時間,少なくとも10回以上たたいた」のであれば,客観的痕跡が残る蓋然性が高いはずである。
             しかるに,介護記録,看護記録のいずれにも,そのような記載はなく,そのような痕跡を見たという者もいないし,相手方らが虐待行為(1)があったとするのは平成16年6月27日であるが,翌28日,29日に,Dの孫が来所し面会しているが(甲135の赤紙の前の8頁と資料2の1,178),特に何かを申述することもなく,通例どおり帰っている。Dの家族は,家族説明会に出席し,コブについて述べ(乙B3の4頁以下),第一審の認定によれば,Dの顔にできたあざの写真を示したとされており(第一審判決42頁参照),Dの状況には極めて関心が高かったことが窺われる。
             客観的痕跡が残る蓋然性が高い場合に,まったく客観的痕跡がないのであるから,決定的ではないにしろ,相手方Y1の供述の採用には慎重にならざるを得ない事情として考慮すべきである。
           
     e 第一審は,虐待の事実(2)(Eへの暴行),虐待の事実(4)(Gへの暴行)については,相手方Y1のメモに記載されておらず,個人面談においても,相手方Y1が言及しておらず,虐待の事実(1)と同様の一貫性は認められない(なお,前者については,相手方Y1の投書にも全く記載がないのであるが,第一審はこの点に言及していない。)。
              すなわち,虐待の事実(2)については,I及びJの個人面談における各供述を採用することによって補強し(第一審判決39頁3行目から17行目),虐待の事実(4)については,相手方Y1の投書にGに関する記載があることをもって(第一審判決40頁11から22行目),信用性を回復させる説示をしているのである。
             しかしながら,虐待の事実(2)については,I及びJの前記各供述は,別の機会の目撃供述(乙B1の2(2))であるし,そのような役割を与えるに足りる証拠価値を持つものでないことは,後述するとおりである。また,虐待の事実(4)については,《G氏に「汚い」と言って暴力があったそうです。》という伝聞を記載した投書が,なぜ,直接目撃した旨の供述の信用性を補強する材料となるのか全く不可解である。
           
     f 虐待の事実(2)及び(4)について,本件申入書添付の相手方Y1のメモに当該暴行に関する記載がなく,また,平成16年8月25日に行われた個人面談においても,相手方Y1が当該暴行に言及していないばかりでなく,申立人が平成16年8月25日に実施した個人面談においては,相手方Y1は,《この1件だけ目撃しており,その他の行為は人伝えで聞いたことがある。》と述べていた(甲135の赤仕切用紙の後の16頁)。
             また,投書箱に投函された相手方Y1の投書(甲162)には,虐待の事実(1)のみが直接目撃したものとして記載されており,虐待の事実(4)は,《その他,G氏に「汚い」と言って暴力あったそうです。》と伝聞として記載され,虐待の事実(2)に該当する記載はない。
           
     g 個人面談において,虐待の事実(2)及び同(4)について言及しなかったことについて,相手方Y1は,反対尋問においては「当時のC副施設長と面談したときに話したのはだれの件を言いましたか。」という質問に対し,「ほかの件については,もうそのとき,8月25日の時点で,自分の感情の中で,施設がBさんのほうに,肩を持っているなという,あと,このままこの問題をうやむやにされてしまうなっていう気持ちがとても強かったので。1つ言ってても何もしてくれない,で,ほかに投書してる人もたくさんいるって聞いているのに,本人がやってないってなったら何もやらないという姿勢について,大変やはり,もうこれ以上何を言ってもという気持ちはありました。」と明確に述べ,引き続く裁判長の「お答えが途中だったようですが,続けておっしゃっていただきます。」の質問に対しても,「Dさんのことしか言ってないというのは,気持ち的には,そのときにもう2か月ぐらいたっていたので,何もしてもらえないんだなという気持ちが強かったからです。」と説明している(Y1調書(第一審)57頁20行目から59頁5行目)。
             しかし,相手方Y1は,主尋問においては,「3人は,あなたの話を聞いて,暴力は,これはないんだと,あなたが言ってることはどうも事実と,客観的な事実か,あるいはほかの人の言ってる事実と違うんだと,だから,本当は暴力はないんだというような対応なのか,それとも,あなたがやっぱり言ってることは,それはそうかもしれない,それが事実かもしれないという対応なのか,その辺のニュアンスは。」という質問に対し,「そうかもしれないというような,私の話を,そうかもしれないっていうか,そういうことがあったんだなというように聞いてくれたというふうに私は感じました。」「そのときには,副施設長も主任たちも,私の今施設内で置かれている立場に対して,大変だ,みんなに冷たくされてるとかそういうことは,もう2か月ぐらいで分かっていたので,大変だねということで,そういう声掛けなどもあったように思います。」と主観的に応じていると供述している(Y1調書(第一審)の31頁24行目ないし32頁10行目)。
             上記反対尋問における説明は,上記主尋問における回答と整合しておらず,相手方Y1が,真実虐待の事実(2)及び同(4)を目撃していたのであれば,敢えて言及することを控える理由としては不十分であるといわざるを得ず,後付けの理由としか考えられない。
             相手方Y1は,上記のように説明する個人面談においては,虚偽の事実を述べることについて,心理的抵抗があったということを容易に推察することができる。
           
     h また,相手方Y1の陳述書(乙B13)中には,《事案(2)と(4)については,目撃した日付けをはっきり覚えていなかったので,7月はじめの段階では投書せず,詳しく聞かれることがあると思っていたのでその時は話したいと考えていました。》との記載部分がある(3頁)。
             しかし,上記説明に反して,相手方Y1の投書(甲162)中には,虐待の事実(4)に関しても,《その他,G氏に「汚い」と言って暴力あったそうです。》との記載があり,上記は不合理な説明である。投書自体匿名で端緒となるのであるから,相手方Y1自身,虐待の事実(1)に関しても,投書中で,日付けを特定して記載しているわけではないのであるから,この時点で,真実目撃したのであればそのとおり記載するのが自然であり,同じく日付けを特定していない他の者の目撃(伝聞)だけを記載することに合理性は認められないというべきである。

    (ウ) 結論
           以上のとおりであって,虐待行為の有無が争点となっていながら,具体的な暴行による痕跡等の客観的事実を認めるに足りる証拠もなく,特定の虐待行為を目撃したという者と行為者とされる者の相互に矛盾する供述が存するのみである本件において,虐待の事実(1)(Dへの暴行)に関し,暴行の程度は,当該暴行行為の性格を基礎付ける基本的要素であって,目撃した場合には特に印象に残ってしかるべき事項であるが,相手方Y1の時間,回数についての説明は,その時々で二転三転しており,全く一貫性がないこと,仮に暴行の程度を縮小認定したとしても,一定時間,少なくとも10回以上たたいたとすれば,客観的痕跡が残る蓋然性が高いが,何らの痕跡も見当たらないこと等に照らすと,相手方Y1の供述に,それだけで直ちに虐待の事実(1)を認めることができるほどの高い信用性を認めることはできない。
           また,虐待の事実(2)(Eへの暴行)については,相手方Y1のメモにも投書にも記載がなく,個人面談においても,相手方Y1が言及しておらず,その合理的な説明は見当たらないことに加え,かえって相手方Y1は,個人面談において,虐待の事実(1)だけを目撃したと述べていたことに照らすと,別の機会の目撃に係るI及びJの個人面談における各供述で補強したとしても,虐待の事実(2)を認めることができるほどの高い信用性を認めることはできない。
           そして,虐待の事実(4)(Gへの暴行)についても,虐待の事実(2)と同様であることに加え,相手方Y1のメモにはGへの暴行について伝聞した旨の記載があり,直接目撃したことと明確に相反するものである以上,自ら目撃した旨の相手方Y1の供述を採用することはできない。

   イ 介護職員I及びJの各供述の信用性について
         第一審は,I及びJの各供述を,虐待の事実(2)(E)の認定において第一審反訴原告Y1の供述を補強するための証拠として,Iの供述を虐待の事実(3)(Fへの暴行)を認定する唯一の証拠としてそれぞれ採用しているが,理由がないことは,前記第2の2(2)で述べたとおりである。

   ウ 証人Bの証言について
         第一審は,証人Bの証言について,一項を設け,Bが自分なりに推測して述べた,相手方Y1が虚偽の供述をする動機内容を簡単に排斥したうえ,証人Bの証言全体の信用性を疑わしいものとして排斥している。
         Bの証人尋問においては,Bの証言中に,言葉足らずであったり稚拙な説明も目に付いたが,人間の能力・性格等は千差万別であって,言葉足らずであったり稚拙な説明を拾いあげるばかりで,十分な吟味もすることなく証言全体の信用性を否定しようとするのは問題である。殊に,Bは,本件では,犯罪者と決め付けられるのと同様の立場にあり,自己の無実を明らかにしようとするあまり,必要以上に弁解をしたり,その結果無理な弁解となることもまた心情的に理解できるところである。
         そもそも刑事被告人と実質的に同様の立場にある者は,目撃者が虚偽の供述をする動機を合理的に説明しなければならない義務なども負わないし,虚偽の供述をする動機は当人の内心の問題であって,これを合理的に説明できないからといって,証人Bの証言の信用性を疑わせる事情として取り上げることはできない。

   エ 札幌市の実施した調査について
         札幌市は,平成16年12月20日厚生委員会資料である「特別養護老人ホームaの調査結果について」と題する資料(甲60)を提示し,「4 調査結果」として,《個別の具体的事例について,行為者やその行為を証拠等により特定するには至らなかったが,当該施設の職員や入所者家族からの相当数の具体的な証言や介護記録など当該施設における関係書類の記録等から,虐待によって生じる可能性のある結果が認められた。》と報告した。すなわち,札幌市は訴訟資料以上に広範な証拠資料に制約なく直接接して調査を実施したものであって,それでもなお《個別の具体的事例について,行為者やその行為を証拠等により特定するには至らなかった》のである。
         詳細は,前記2(4)で述べたとおりである。
                            
  (2) 本件記事26に記載された摘示事実5について
   ア 本件記事26は,本訴提起後5か月近くを経た平成17年2月24日付けb新聞の朝刊に掲載された記事であり,摘示事実5は,《夜間の着替えをさせないなどの不適切な介護は,平成17年に入っても続いている。このことを上司に報告したが,何の対応もされていない。》という事実である。
         第一審は,相手方Y3が開催した報告集会における相手方Y1の報告内容が信用することができるとし,これだけを根拠として直ちに,本件記事26に摘示された摘示事実5は真実と認めている。
         そして,第一審は,《被告Y1は,本法廷においても平成17年1月に発覚した職員の虐待行為について当該職員の名前や施設の対応等について具体的に述べている》と説示し,ここでも,供述内容の具体性を信用性を認める理由としている。
       
   イ 第一審は,相手方Y1の報告内容を,《平成17年1月に発覚した同僚の虐待行為の内容及びその際の施設の対応》と抽象的な認定をしているだけで,上記報告集会において,相手方Y1が,虐待行為としてどのような事例についてどの程度具体的に報告したかについて全く言及していない。
         そもそも,第一審は,《上記被告Y1の報告内容は,被告Y1自身が直接目撃した事実でないものも含まれてはいる》と,《被告Y3による札幌市に対する申入れ後》に相手方Y1が直接目撃した事実も報告されたかのように説示しているのに,《入所者に対する不適切な処遇が続いていたと認められ》と,複数の不適切な処遇が存在したかのように認定しながら,報告されたという具体的事例を何一つ認定していないのである。
         相手方Y1が,平成18年1月30日に実施された被告本人尋問において,平成17年1月に発覚した同僚の虐待行為として述べているのは,岡島が太田に対して行ったとする行為についてだけである(Y1調書(第一審)43頁2行目ないし45頁11行目)。この供述に従い,相手方Y1が,上記報告集会で,岡島の事例について報告したとしても,第一審法廷で述べた程度にまで具体的であったかも明らかではない。
         しかも,第一審は,上記のとおり,《上記被告Y1の報告内容は,被告Y1自身が直接目撃した事実でないものも含まれてはいる》としながら,伝聞証言としての性質に応じた吟味を全くしていないのである。
       
   ウ ところで,摘示事実5は,《夜間の着替えをさせない》という具体的事例を含むものであるのに,第一審は,《aにおいては,被告Y3による札幌市に対する申入れ後も,入所者に対する不適切な処遇が続いていたものと認められ》ると認定し,《夜間の着替えをさせない》という具体的事例の部分を捨象したままで,《摘示事実5は真実と認められる》としている(第一審判決45頁)。
         相手方Y1は,第一審法廷においては,岡島の事例以外には,相手方Y3による札幌市に対する申入れ後にあった虐待行為の具体的事例については全く述べていない。
         相手方Y1の平成17年10月15日付け陳述書(乙B13)中には,報告内容について箇条書きで簡単な記載があるだけで(10頁5ないし12行目),《②平成16年10月に同僚から「まだ虐待はある」と打ち明けられた事(内容は話してません。)》と記載されているが,そこにあるとおり具体的内容は明らかにされていない。《③平成17年1月に発覚した同僚の虐待行為の内容と,その時の施設の対応について》とあるが具体的内容の記載はない。
         もっとも,相手方Y1作成の平成19年1月23日付け陳述書である乙B26において初めて,摘示事実5中の《夜間の着替えをさせない》という行為に関連のある事項に言及している。しかし,本件記事26に記載がある事例であるのに,第一審法廷での相手方の供述にも陳述書の記載にもないまま,上記本人尋問実施後1年も経過した後に,具体的な内容で提出されるというのは如何にも不可解というほかない。
         乙B26中の1(2)の前段に記載された事実(野月の事例以外の事例)は,乙B26が提出されて初めて申立人に提示された内容であり,《夜間のパジャマへの着替えをしていない職員》が数名いると記載されているものの,特定されているのはM職員だけであるところ,同職員は,派遣職員で,平成17年12月20日付けで退所しており,また,相手方Y1が伝聞した職員の氏名が明らかにされておらず,申立人としても真偽の確認のしようもない。
       
   エ その他第一審は,相手方Y1の「報告内容」の信用性を認めるための理由として,《上記被告Y1の報告内容は,被告Y1自身が直接目撃した事実ではないものも含まれてはいるが,aにおける虐待問題が大きく取り上げられた後に被告Y3の開催した報告集会における報告であること》《上記報告内容は,aで勤務する被告Y1にとても(ママ)不利益となる可能性があるところ,あえて被告Y1が当該報告をしていること》《被告Y1が上記報告集会において殊更虚偽の報告をする事情もうかがわれないこと》を挙げている。
         しかし,これらの理由も,I及びJの各供述について前述したと同様,本件のような状況下においては,更に慎重な吟味をしないまま,上記事情だけをもって定型的,類型的,形式的に判断して,相手方Y1の「報告内容」だけを根拠に摘示事実5は真実と認めるのは,明らかに行き過ぎである。

 4 原審が第一審の判断を引用して摘示事実を真実と信じたことの相当性の判断について
     第一審は,相手方Y5らが,摘示事実3及び4の事実を真実と信じたことには相当の理由があるものと認めるが,次のとおり失当である。
     また,前記のとおり,同1,同2,同5及び6が真実と認められない場合,各事実を信じたことに相当の理由があるものと認めることができないことは,後述のとおりである。
   
  (1) 摘示事実3(本件記事3)について
       入所者家族の証言等を伝える体裁をとった本件記事3に摘示された「原告の施設の介護職員が,入居者を殴り,顔に青あざを作った。」という摘示事実3について,第一審は,真実性についての判断を示さないまま,相手方Y5らが,真実であると信じたことに相当の理由があるものと認めている(第一審判決の第3の1(4)イ(イ)(42頁3行目から14行目))。
   ア 原審において,相手方Y5らは,D'の陳述書(乙A28),あざの写真(乙A29の1・2)を提出した。
         上記写真に写されたあざは,極めて衝撃的なものであろうし,D'は,利用者の家族として,上記陳述書(乙A28)の中で,《祖母はaにいたころ,白内障で視力が低下していましたが,その分,聴力がしっかりしていました。自分に暴力をふるった人のことを,その声色から,「若いお兄ちゃん」と判断したのだと思います。》などといった推論も述べている。
         しかしながら,Dが言っていた「夜中にお兄ちゃんが来て殴った」ということは,客観的証拠に照らしてあり得ないことなのである。
         すなわち,Dの身体的痕跡は,平成16年7月28日午前7時30分に,安保介護職員によって発見され,午前8時30分に武岡看護師が確認しており,このことはDの看護記録の7月28日の欄(甲135の資料の2の2(同調査報告書では,赤紙によって仕切られた前の部分の後半(表紙を入れて27枚目以降)に,本文に直接的な資料をピックアップし資料番号を付して綴られている。甲198)のほか,介護記録(甲196),3F看護日誌(甲197),同日の3F看護日誌(甲198)にも記載されている。
         上記身体的痕跡が生じた時期は,同年7月27日の引継時から同月28日にかけてであると考えられるが,平成16年8月の3F介護職員勤務表(7月21日~8月20日)(甲194の1・2,乙B18の5)を確認すると,男性の介護職員は3階に夜勤していない。
         さらに,念のため調査したところ,平成16年8月の2F介護職員勤務表(7月21日~8月20日)(甲195)を確認すると,その間,2階でも夜勤とされていた男性の介護職員はおらず,男性介護職員(6名)すべてのタイムカード(甲188ないし193)を確認すると,その時間帯に勤務していない。
         したがって,Dを《夜中に若いお兄ちゃんが来て殴った》ことはあり得ないのである。

   イ もとより,高齢になった利用者が平穏な生活ができることを願って施設に預けた家族が,利用者の変調につき,施設の不適切な処遇を疑う心情は十分に理解できる。しかし,そうであるからといって,報道機関において,実質的に老人たちが虐待を受けていたことが,あたかも明々白々の事実であって立証を要しないということはできない。
         報道機関の役割は,中立公正に客観的な報道をすることであって,利用者家族の発言を,吟味することなく記事として掲載し,そのまま伝えることではない。
         本件記事3のような記載がされれば,《aにおいて介護職員による入所者に対する暴行が行われ,入所者の顔に青あざができたとの印象を与えるものであ》ること(第一審判決23頁19行目以下)は,相手方Y5らも事前に容易に理解できるはずのことである。
         常に念頭に置くべき重要なことは,申立人の介護職員が老人たちにいわれなき虐待を加えていたという事実があったかどうかということであり,犯人と決め付けられる者があり,また,施設の存続にかかわりかねない事態となりうるのであるから,慎重に取材活動をすることが強く要請されるのである。
         前記のとおり,明確な身体的痕跡が認められても,客観的証拠に照らし,介護職員の暴行行為によって生じたものではない場合であっても,認知症が進んだ高齢の入所者の中には,「夜中にお兄ちゃんが来て殴った」と言うこともあり,家族としてこれをそのまま受け取ることがあるのだから,報道機関としては慎重な取材が必要である。
         したがって,相手方Y5らとしては,Dの家族に取材し,写真を確認したとしても,それだけでは,十分な取材とはいえないというべきである。
       
   ウ しかるに,相手方Y6作成の陳述書(乙A7)でも,相手方Y6の尋問においても(Y6調書5頁23行目から6頁10行目,24頁12行目から26頁2行目,51頁19行目から52頁22行目),特定の家族への個別的な取材内容に述べられているのは,同陳述書中に《ある家族は取材に対し,祖母の顔にできたあざの写真を示しながら,「『このあざ,どうしたの?』と聞くと,祖母は『夜中にお兄ちゃんが来て殴っていった』と言っていました。新聞記事を見てああやっぱりと思いました」と話した》と記載されている箇所があるだけで,それ以外,取材期間,取材対象者数,共通の回答についての包括的な記載部分又は供述部分があるだけで,個々の取材毎に,取材対象者,取材の日時場所,具体的内容を特定した記載部分又は供述部分はない。
         例えば,上記陳述書中に《大半の家族は「おかしいと思っていた」「不審なあざが多すぎる」と言い,具体的な事例について語ってくれました。」》との記載部分があるばかりで,「具体的な事例」,としながらも,上記二つの発言に要約したまま,個々的な事例毎の中身は明らかにしていない。

   エ そして,相手方Y6のした取材は,まさに《原告が主張する摘示事実3は,a入所者の家族がこのような話をしていた旨を摘示したものにすぎない。》という限度でするものであった。
         すなわち,相手方Y6は,《前回の記事は,家族から見て,どうも虐待があったのではないかと思われるようなあざとか,あるいは言動があったという趣旨の記事でしたけれども,今回のこの第7号証の記事というのは,入居者の家族が直接虐待の現場を見たという点で,前回の記事とは趣旨が違うと判断しました。」(Y6調書8頁3行目から7行目),「この甲第64号証の記事というのは,ご家族の方が直接虐待行為を目撃したという記事ではありません。」と述べている(Y6調書52頁)。上記供述中の「前回の記事」「甲第64号証の記事」とは,本件記事3であり,「第7号証の記事」とは本件記事9のことであるが,本件記事9と違って,本件記事3があくまで紹介記事であるということに固執しているのである。
         相手方Y6がこのよう考え方にたっており,「原告の施設の介護職員が,入居者を殴り,顔に青あざを作った」という摘示事実3の真実性を裏付けるための取材をする必要があるなどとは,そもそも考えてはいなかったのであって,摘示事実6を真実と信じたことに相当の理由があると認める対象としての前提が,欠落していたというほかない。

  (2) 摘示事実4(本件記事18)について
         元職員の札幌市に対する証言の内容を伝える体裁をとった本件記事18に摘示された「原告の複数の女性介護職員が,入居者をトイレに連れて行く際,耳たぶや胸ぐらをつかんで引きずっていった。」など7個の事実を含む摘示事実4について,第一審は,相手方Y5らが,真実であると信じたことに相当の理由があると判断している(第一審判決の第3の1(4)エ(43頁26行目から44頁16行目))。
         しかしながら,本件記事18を執筆するに当たって相手方Y6が札幌市にした取材の内容について,札幌市が《記事にある具体的な発言内容については,一切回答をしておりません》と述べるなど,札幌市との間の食い違いは余りに異様であり(甲46の1ないし3,甲47の1・2,甲90の1ないし3,91の1・2),相手方b新聞らは,それでもなお,報道本部長と相手方Y6の連名で,何ら譲ることもない内容の申し入れ書(乙A6)を提示している。
         このように,相手方Y5らによって,後日,取材された者との間で取材内容に争いが発生するような強引な記事の執筆・掲載がされていたことは明らかであり,このような,著しい食い違いは,取材が不十分であることに加え,取材する側が意図的であるか,自己本位の思い込みがない限り起こりえない。相手方Y6がした取材が,公正・中立な取材であったとは到底考えることはできない。
         なお,札幌市の担当者は,相手方Y6に対し,《当職の事前了解を得て記事にした際,申し入れ書の内容と当職の認識と異なる基本的事項数点について,具体的な事実経過及び当職の認識を明らかにし》たとのことであるが,相手方Y6は,第一審において,これに対する対応を明らかにしていない。

  (3) 相手方Y5らの取材について
       相手方Y5らが一連の記事を執筆・掲載するに当たってした取材は,本件記事3及び同18について述べたことのほか,本件記事1,2を執筆・掲載するに際しては,事前に調査未了の申立人に簡単な取材をしただけで,その後も含めただの一度もBに対する取材をしておらず,本件記事26に際しては,相手方Y1の報告内容を,全く裏付けをとらず,そのまま執筆・掲載するというレベルのもので,取材不十分としかいいようがないものである。
       また,札幌市による調査の中間結果(甲12)を伝える体裁を採る本件記事12においては,証言の意味に誤解を生ずる不正確な報道をし,また,本件記事20において,「事実上のクロ判定」と記載するなどのほか,本件記事5,7,10,13(1),15(平成16年12月17日付け求釈明書参照),16,19,20,23ないし25など,他社とは質的に異なり,相手方Y3の側に偏ったものであり,公平とはいえない報道を繰り返していたものである。 
       また,《原告の施設の複数の介護職員が,入居の高齢者に虐待を繰り返している》という摘示事実6は,書き出しの体裁で記載されているものではあるが,本件記事1ないし8,9(2),11(2),12,13,20(1),(2),26で継続的反復的に記載され,それ自体が,名誉毀損の摘示事実であることに加え,b新聞に掲載された一連の記事全体をあたかも連載であるかのように,読者に印象を暗示し続けるものである。
       本件各摘示事実の真実性が否定された場合,いずれについても,真実と信じたことに相当の理由があると認めることは到底できるものではない。
       なお,報道機関は,本来的に,その掲載する記事が読者に与える印象を把握し,それに応じて取材を尽くし,真実性の確認をすることが不可欠である。
       取材が不十分であるのに,たまたま,真実であったから違法性が阻却されるのは,訴訟上やむを得ないとしても,取材の不備を真実性を容易に認定するまでして救済する必要は,全くないというべきである。


第3 反訴請求について
     第一審判決中の相手方Y1ら敗訴部分を敢えて取り消して,不法行為の成立を認めた原審の判断には,最高裁判所の判断がない解釈問題について,誤った法令解釈をした違法があることに加え,最高裁判所判例に違反し,法令の解釈を誤った違法がある。その理由は,次のとおりである。
 1 原審が,申立人による本訴提起行為を訴えの提起が違法な行為として違法であると判断した点について
  (1) 原審は,《控訴人による本訴提起行為((1)のアの(ク)及び(2)のアの(カ))は,被控訴人Y1及び同Y1の情報提供行為が虚偽のものであることを前提とするものであるところ,前記認定のとおり,その情報提供行為はいずれも主たる部分において真実なものと認められ,また,前記認定したところによれば,控訴人は,Bからのより詳しい事情聴取等当然行うべき調査を行わず,Bの虐待に関する複数の供述等を合理的な根拠もなく虚偽と決めつけて,本訴提起に及んでおり,本訴は,権利の存在につきわずかな調査をしさえすれば理由のないことを知り得たにもかかわらずこれを怠って提起されたものということができ,違法性が認められる。》と判断した。
     
  (2) しかしながら,最高裁判所判例は,訴えの提起が不法行為となる場合の要件について,《民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において,右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が,事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。》と判示しているところ,その前提として,《法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは,法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから,裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず,不法行為の成否を判断するにあたっては,いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされる》と述べ,また,《けだし,訴えを提起する際に,提訴者において,自己の主張しようとする権利等の事実的,法律的根拠につき,高度の調査,検討が要請されるものと解するならば,裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当でないからである。》と理由付けとしており(最高裁判所第三小法廷昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁),訴えの提起が違法な行為にあたる場合を制限的に解していることは明らかである。
       現に,上記判決は,前訴が,相手方を土地の売主,土地の測量の依頼者であると誤信して提起されたものであるところ,真の売主,依頼者を客観的方法で一義的に確定するこが可能である事案に対するものであるが,それでも,《・・・・・・,いまだ通常人であれば容易に知りえたともいえないので,・・・・・・更に事実を確認しなかったからといって,上告人のした前訴の提起が裁判制殿趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとはいえず・・・・・・》などと判断して,不法行為の成立を否定して,請求を棄却した。
       これに対し,本件は,申立人としては,客観的痕跡がなく,目撃供述と被告発者の供述が相対立している状況では,申立人としては,少なくとも現場で全般的,個別的な諸々の関わりを持つものとしては,軽視できない個人面談での供述内容,作成メモ,投書の記載内容に接し,これ以上の調査を進めたとしても,原審の判断と同一の結論を真実と確定するなど到底できない状況にあった。
       前記第2の2(4)のとおり,存在する物的,人的資料にほとんど無制限に直接接することができ,時間的な制約もなく,調査を実施した札幌市でさえ,《個別の具体的事例について,行為者やその行為を証拠等により特定するには至らなかった》という結果を出さざるを得かったのである。
       そうであるにもかかわらず,申立人の訴え提起を,《・・・・・・権利の存在につきわずかな調査をしさえすれば理由のないことを知り得た》などと説示するのは,申立人が,突如起こった虐待疑惑の中で右往左往しながら,素人で稚拙ながらも何とか真実を確認しようと努力してきたことに一顧だにせずに無視するものにほかならず,独断的な判断というほかない。
       高等裁判所民事部が2箇部しかない高裁管内においては,上記のような判断が,裁判官,殊に裁判長の考え・個性によって安易にされれば,管内での控訴提起が萎縮抑制され,裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となりかねない。
       なお,原審で取り調べられたA施設長の証言中には,確かに思い込み甚だしいと評価されてもやむを得ないものもあるが,それは,事実そのものではなく,判断過程,意見に関わる部分であって,原判決中に,敢えてA施設長の供述を基に縷々事実認定をする一項を設けて,申立人に不利な結論を導く材料とするまでもないと考えられ,申立人の立場としては,A施設長の証言態度に対する過剰反応と思わざるを得ない。

  (3) いずれにしても,以上のとおり,原審の前記判断には,前記最高裁判例に違反して不法行為の成立を認めるものであって,法令の解釈適用を誤った違法があることは明らかである。

 2 原審が,申立人に,未施行であった高齢者虐待防止法の立法趣旨を援用し,内部通報者保護及び内部通報者による不利益禁止の義務があるとし,これに違反したとする点について
  (1) 原審は,高齢者虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(以下「高齢者虐待防止法」という。)21条1項,7項を概説したうえ,《同法律は,本件虐待行為が問題となった時点では未施行であったが,その立法趣旨は,本件虐待行為の時点でも,aを含む高齢者養護施設において十分尊重されるべきであったと解することができ,控訴人としては,施設内で入所者を虐待している可能性を認識した場合には,最優先課題としてその事実の有無を徹底的に調査する義務があり,上記虐待の事実を経営者に告げた内部職員が施設内で不利な立場に陥らないよう最大限の配慮をするとともに,内部職員が外部に上記事実を通報した場合でもそれによって同職員に不利益を課さない義務を負っていたというべきである。》と説示する(原判決(3)(17頁))。

  (2) 本件は,高齢者虐待防止法は平成18年4月1日に施行され,同法について最高裁判所が判断したことがないことに加え,施行前の行為に援用して適用しようとするものであって,最高裁判所の判断がない解釈問題について最高裁判所の判断を示す場合であるし,また,後記のとおり,仮に施行前の同法を援用できるとしても,高等裁判所の誤った法令解釈を高等裁判所の判決として確定させることが適当でない場合であって,本件は,「法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」であるから(法務省民事局参事官室編『一問一答新民事訴訟法』354頁),上告審として事件を受理することができる場合である(民訴法318条)。

  (3) そこで,検討するに,原審の解釈は,「立法趣旨」という媒介概念を用いたとしても,未施行の法律を適用するものにほかならず,原理的な問題を孕むことは明らかであるし,仮にこのような未施行の法律を適用する操作が許される場合であっても,原審のような解釈は許されない。
       すなわち,高齢者虐待防止法は「不利益な取扱い」を,原審が,《・・・・・・かかる通報をした従業員がそのために不利益な取扱いを受けない旨定めている。》と述べるような漠然と包括的な定め方をしてはおらず,「解雇その他不利益な取り扱い」という文言を用い,「解雇」を例示して定めており,同様の立法趣旨に基づく公益通報者保護法3条,4条,5条も,解雇,不利益取扱いとなる懲戒処分を禁止しているのである。
       そして,高齢者虐待防止法は,公益通報者保護法同様に,不当な内部告発がなされた場合に適切な懲戒処分を科することまで禁止しているものではないことも併せ考慮すると,内部通報者保護及び内部通報者による不利益禁止の義務が,不法行為の違法性を根拠付ける義務とできる場合があるとしても,徒にその内容を拡大して漠然曖昧な義務と解釈するのは相当ではない。
       したがって,相手方Y1らの行為を正当な内部通報行為であると判断する原審の立場に立ったとしても,原審が認定したとおり,《同各行為が,両名に対する計画的な嫌がらせ行為として組織的に行われたとまでは認められない。》(原判決18頁5行目)のであって,仮に申立人の幹部職員が,《職員としてあるまじき行為を行ったものとして大きな嫌悪感を抱いていた》とか,《偶発的な感情的言動》をするなどしたと認定するとしても,これらを内部通報者保護及び内部通報者による不利益禁止の義務に違反とするのは失当である。
     
    (4) 以上のとおり,いずれにしても,申立人の幹部職員について,内部通報者保護及び内部通報者による不利益禁止の義務をもって評価するのは失当であって,不法行為の成立を認める原審の前記判断には,法令の解釈適用を誤った違法がある。

 3 各行為の認定の事実誤認について
     A施設長らの相手方Y1らに対する言動は,同相手方らが何らかの精神的苦痛を覚えたとしても,直ちに受忍限度を超えるものと断定することができないとした第一審の判断が正当であるが,第一審,原審いずれも,各行為の認定について事実誤認があるので,この点についても付言する。
  (1) 原審が新たに説示を加えた点について
       原審は,平成16年9月1日開催の緊急職員会議に相手方Y1及び同Y1が出席しなかった理由について,《何の理由もなく,被控訴人Y1及び同Y1の2人だけが職員会議への出席を止めることは通常考えられず,上記職員会議の議題が本件虐待の問題への対応を協議するために開催されたものであり,同会議において被控訴人Y1及び同Y1の行動への非難文書の提出が報告されていること(甲181)も併せ考慮するならば,虐待問題を告発した被控訴人Y1及び同Y1が同会議に出席しなかったのは,両名が供述するように,施設側がその出席を拒否したからであると認めるのが相当である。》と説示する(原判決15頁7行目以下)。
       しかしながら,《何の理由もなく,被控訴人Y1及び同Y1の2人だけが職員会議への出席を止めることは通常考えられ》ないなどといった理由付けは全く独断というほかなく(他のほとんどの職員が相手方Y1らの行動には批判的であり,相手方Y1らが,非難を回避すべき行動を採ったことも十分考えられることである。なお,後記のとおり,相手方Y1については,従来から会議への出席状況が悪かった。),原審の判断は,結局のところ,相手方Y1らの供述に一方的に依拠するものであって,失当である。
       そして,次の点を正視すれば,相手方Y1らが,K主任を通じてD施設長に出席しなくてよいかと尋ねてきたので了承しただけであることは明らかである。
   ア 相手方Y1らは,さらに,事実関係を具体的に主張し,《通勤時刻の17時50分頃,a1階正面玄関ホールに全職員が会議に参加するために集合している中をY1とY1の二人だけはその脇を通って正面玄関から退勤したのである。朝礼の際の施設長の目配せによる発言撤回及び午後6時直前に全職員が集合している場所を通って退勤させられるY1とY1の屈辱たるやいかばかりであったか,察するに余りある。》とするが(13頁),誇張又は歪曲を超えて,もはや捏造であるというほかない。
          すなわち,相手方Y1らのタイムカード(甲179,180)の記載のとおり,平成16年9月1日当日,相手方Y1は,午前8時36分に出勤し,午後5時38分に退勤しており,相手方Y1は,午後4時8分に出勤し,夜勤で翌2日に退勤していること,上記会議は,午後5時30分には開催されていること(甲182の1ないし29),職員は,正面玄関ではなく,職員玄関から出退勤するのであり,相手方Y1らが敢えて自ら好まない限り,全職員が集合している場所を通る必要もないことから明らかなとおり,相手方Y1らの主張する上記のような退勤となるはずもないのである。
         当日,職員全体会議が開催されたのは事実であるが,C副施設長は,K主任が,Y1とY1が,「出席しなくともいいですか。」と尋ねてきたと言うので,「良いですよ。」答えただけのことである。
         なお,相手方Y1については,従来から会議への出席状況が悪かった。
         上記のとおり,職員は職員玄関からから出退勤しており,敢えて自ら日常に反して正面玄関から退勤する必要もなく,時間的に場所的にもありえず,相手方Y1らの上記主張は,誇張又は歪曲どころか,捏造であるといわざるを得ない。
         相手方Y1らの供述の信用性を認めたことは安易な証拠評価であるというほかない。原審が,相手方Y1らの供述を,さしたる吟味もしないまま鵜呑みにする姿勢はここに明白に現れている。

   イ 平成16年9月1日に開催された全体会議は,職員の間に不安が蔓延していたため,現在までの経過を報告し,また,職員の意見を聞くために開催されたものである。
         同会議の会議録(甲182)は,要約ではあるが,会議において,職員の率直な意見が表明されたことを明らかにしている。
         同会議で提示された会議録の別紙2は,Bと親しい介護職員であり,もと委員長であったNが中心になって署名を集めたものとのことであるが(甲125。なお,4名が表紙の記載から漏れている(甲128の26ないし29))。A施設長,副施設長は,当日,札幌市から訪れた担当者らの対応をし,遅れて同会議に出席した時点では,参加者に,既に別紙1,2が提示されていた。もっとも,A施設長,副施設長が当初から出席していたとしても,同会議は,上記の趣旨からすると,意見を述べようとする職員に制約を加えることはなかったはずであり,殊更,別紙1,2の提示を禁止することはなかったと思われる。
         ともあれ,このような職員の行為に対しては,相手方Y3らは,常々,申立人の画策であるかのように決め付けるが,そのような意図はないし,そのように多数の職員を誘導できるものでもない。職員の大勢が,相手方Y1らの考え方や行動に同調できなかったことを物語るものであるし,Bに追随して,ほとんどの組合員がaユニオンを脱退する(乙B6,7)ような集団的対立があったこと自体は否定できない。

  (2) 原審が第一審の判断を引用して認定した行為について
       原審が,《当裁判所は,・・・・・・,原判決書45頁18行目冒頭から47頁25行目末尾まで及び49頁17行目冒頭から51頁9行目末尾までに記載のとおりの事実が認定できると判断し,これを引用する。》とした各行為について,検討する。
   ア A施設長の相手方Y1に対する8月26日の行為((1)ア(ア))について
         平成16年8月26日,相手方Y6から,申立人に対し,相手方Y3が近々札幌市に申し入れをする予定であると告げられ,取材があった。相手方Y1については前日である同月25日個人面談がなされたばかりであったところ,その供述は,「BがDを叩くのを見たが,どの位,何回叩いたかは不明である。」「1~2分かも知れないし,1~3回かも知れない。」「この1件だけ目撃しており,その他の行為は人伝えで聞いたことがある。」(甲117の3頁,甲135の赤紙以降の16頁)という曖昧なものであった。そこで,再度確認すべく,相手方Y1を呼びだしたものであり,面罵したことなどない。
         そして,相手方Y1に質問するも,曖昧なまま内容が二転三転するので,申立人としては,事実関係を明確にしようと考え,Bを同席させたに過ぎず,両名を対決させたものではない。

   イ 8月27日のA施設長,8月28日のC副施設長,9月7日のA施設長,12月28日のO看護主任の各言動((1)ア(イ),(ウ),(カ),(シ))について
    (ア) 8月27日,9月7日のA施設長の各言動((1)ア(イ),(1)ア(カ))について
           申立人としては現時点で日付けは特定できないが,本件記事1が掲載された時期に,A施設長が,b新聞に掲載された施設の記事に関し,相手方Y1に対し,同人を非難する発言をしたことは認めるが,正直興奮しており,具体的な内容までは覚えていない(甲184の11頁)。
           暴言と評価されるようなものではない。同新聞のコピーを示したかどうかまでは記憶がはっきりしない。
           しかし,いずれの発言も,直接又は相手方Y3あるいは同鈴木を通して,相手方被告Y5らに虚偽の事実を真実として提供したことに対する非難であって,そもそも正当な内部告発を批判しようとするものではなく,殊にA施設長の発言は感情的に見られたとしても,人格権を侵害する言動と評価されるべきものではない。

    (イ) 8月28日のC副施設長の言動((1)ア(ウ))について
           C副施設長が,朝礼で,相手方Y5の報道に言及したことは認めるが,本件記事1,2掲載後,原告の職員が尾行されたり,記者から個人の電話への架電があったりすることが続き,職員間に不安感が蔓延する状況であったので,何かあったら独りで悩まずに相談に来るように話をしたものである。

    (ウ) 12月28日のO看護主任の言動((1)ア(シ))について
           具体的な態様については,事態に動揺していた本人の記憶は当時も明確でなく,現時点でさらに確認することはできないが,O看護主任の基本的スタンスは,甲181の別紙2に記載されたとおりであり,その発言についても相手方Y1らが非難するようなものではない。
           なお,O看護主任の言辞を《「Y1さん,これ外に漏らさないでね。こんな大事なときに,こんなことが外に漏れたら認可取り消しでしょ。たまったもんじゃない。言わないって約束して。」》と認定している(第一審判決2(1)ア(シ)(46頁))。しかし,直近に平成17年1月12日付けで,相手方Y3が提示した団体交渉開催申入書(甲80)においてさえも,《「頼むから,外部へは言わないでね」》(1頁)とO看護主任の言辞を引用している程度で,原審認定の前提となった相手方Y1の供述は,原告への攻撃材料として上記団体交渉開催申入書でもともと歪曲して引用されていた内容を,更に誇大視して述べられたものであるというほかない。原審が,相手方Y1の供述を実質的には精査することなく,鵜呑みにして採用する態度は,ここにも現れている。

   ウ 相手方Y1らに対し,職員会議に出席させなかったこと((1)ア(オ),(2)ア(オ))について
         前記(1)で述べたとおりである。

   エ 夜勤4人としたこと((1)ア(オ),(2)ア(オ))について
         それまで介護職員3名体制であったところ,相手方Y1らのいずれかが夜勤の場合,介護職員4名の体制をとるようになったことは認める(なお,相手方Y1らは,当初,「それまでは2名体制であったが」と主張し,上記のとおり「それまで介護職員3名体制であったが」とするのが正しい。)。
         しかし,そのような体制をとったのは,介護職員の中から,3名体制のまま,相手方Y1らのいずれかと夜勤を組むのは,3名のうち1人が仮眠中の場合,相手方Y1らのいずれかと2人きりになってしまうのは嫌だとの要望があったからである。要望した職員らが抱いた危惧は,2人きりになった場合,Bのように濡れ衣を着せられかねないということにあった。
         そのため,そのままでは,相手方Y1らと夜勤を組ませることができないことになり業務に支障を来すため,上記の3名体制を4名体制にしたものである。そもそもなぜ3名体制を4名体制にするだけで,相手方Y1らに対する報復となるのか,申立人には全く理解できない。
         もっとも,上記のような体制をとったことから,夜勤の回転が速くなり,その点からの不満が出たのは事実である。
         この点については,K主任が,相手方Y1に対し,説明していたとおりである(第一審被告Y1調書17頁6行目以下)。
       
   オ 家族説明会でBとNにY1発言を否定させたこと((1)ア(キ))について
         平成16年9月28日開催された家族説明会においては,b新聞に,繰り返し偏向した記事が報道されている状況において(当日までの間に本件記事9(1),(2)が掲載され,家族説明会当日の朝刊に掲載された本件記事9(2)の見出しは,「家族「虐待見た」 証言続々「頭たたき食事介助」」である。),同報道を信じ込んだ利用者の家族が,施設側の説明には耳を貸さず,施設側を非難し,謝罪を求めるような状況であった。
         そのような状況の中,突然,相手方Y1が前に出て発言する場面となり,その中,家族の中から,Bが居るのであれば話をさせるようにとの要請があったところ,B及び別の職員自身も濡れ衣を晴らしたいと強く希望したため,施設としてはその機会を与えたに過ぎない。
         当日,相手方Y1は有給休暇をとっていたが,説明会に合わせ来所したようである。同日午前中になって,突然,相手方Y3から,相手方Y3のほか,マスコミの同席を求めるなど無謀な要求を記載した内容証明郵便が送り付けられてきた(甲78)。事前に開催日時を公表していたのであるから,敢えて当日午前中に配達されるように手続をするのは,混乱・攪乱を企図したものとしか考えようがなく,申立人としても,実際,困惑せざるを得ない事態となったが,予定どおり実施することを明らかにしていた(甲79の1,2)。
         なお,説明会の状況は何者かによって無断録音され(乙B3),STVの番組で,その音声が公開された。
         
   カ Y1とY1に対する損害賠償請求事件・本訴の提起((1)ア(ク),(2)ア(カ))について
         相手方Y1らが虚偽の事実を提供するなどしたことを根拠とするもので,これをもって名誉毀損及び人格権侵害行為であるとする相手方Y1らの主張は全く失当である。

   キ 相手方Y1に対する勤務体系の変更と勤務場所の変更命令((1)ア①(ケ),(サ))について
         同行為については,原審も,同人に対する不法行為とはいえないと判断するところであるが,他の各行為に対する原審の判断と均衡がとれない面があるので,以下に検討する。
    (ア) 相手方Y1に対する勤務体系の変更((1)ア(ケ))について
           P主任が,相手方Y1に対し,同月21日から早番勤務と遅番勤務をするよう命じたのは事実のようであるが,現場でシフトを決める際に,P主任が,他に同様の優遇をしている者がいないことから,主任の立場で命じたものであり,A施設長の命令によるものではない(甲184の6頁以下)。
           そして,相手方Y3らからこの件で申入れがあったことから,A施設長,副施設長の知るところとなり,申立人は,現時点で徒に争いを招いてまで敢えて変更を加えるべきではないと判断した。
           なお,原審の認定中には,「P'主任」とあるが,「P主任」の誤りである(第一審判決第3の2(1)ア(ケ)(46頁))。
    (イ) 相手方Y1に対する勤務場所の変更命令((1)ア(サ))について
           申立人が,当時,相手方Y1を3階から2階へ移動させることを検討していたのは事実であるが,職員全体の異動の一環として検討していたものであり,同時にBについては1階へ移動させることを前提とするものであった。
           しかも,上記のとおり,申立人が管理者において検討していたものであり,決定に至っていない事項である。
           上記のとおり決定に至らない段階での内容を,K主任が漏らし,相手方Y1は,これを聞いたものである。
           相手方Y3らは,人権感覚を欠くものであると主張し,撤回を求めていたが(甲28),そもそも施設内の就業場所の移動を団交事項とすること自体筋違いであるばかりか,上記の内容であり,そもそも決定前の事項について撤回要求することは,当を得ないものであって,申立人は,その時点で反論してあったところであるが(甲30),なおも,「発令」と業務命令が発せられたかのように,事態を歪曲するものである。
           K主任については,管理者としての業務に携わる一方で(甲128),管理者の検討中の事項までも,相手方Y1らにメール等で漏らしていたようであり(乙B24),申立人としては,全く意外なことである。
           なお,その後に,相手方Y1らを共に3階から2階へ移動することを含む全体的な異動の実施をする予定であったが,職員の退職などから中止した(甲80ないし82,183)。

   ク 相手方Y1らに対するQ事務局長の言動((1)ア(コ),(2)ア(キ)))について
    (ア) Q事務局長は,本訴提起後である平成16年10月20日に採用された者であって,標記行為の同年11月10,11日といえば,まだそれまでの状況を十分承知していないころであったが,新聞報道にまで至った経緯についての相手方Y1らの考えを直接聞いてみようと試み,自分の意見を述べたものである。
           その場では,相手方Y1も,Q事務局長に,こんな大袈裟なことになるとは思わなかったと発言しており,Q事務局長としては終始円満に進んだものと認識していた。
           相手方Y1らも,Q事務局長の上記立場などを承知しているはずであるのに,何故本件記事16のような記事が掲載されることになったのか,反訴被告(原告)としては全く理解できないことである。
           Q事務局長の行為が,立場と状況を十分に弁えないもので,軽率なものであったことは否めないが(甲34,35),かかる行為をもって,名誉毀損,人格権侵害行為とする相手方Y1らの主張は理由がないというほかない。
         
    (イ) 相手方Y5は,b新聞の平成16年11月18日付け朝刊の第2社会面に,4段抜きで「施設側「謝れば,提訴を取り下げる」」,「労組が告発者保護要請」,「特養ホーム虐待疑惑」,「「脅迫」と札幌市に」という見出しを挙げた本件記事16(甲22)を6段抜きで掲載した。
           しかし,相手方Y6に情報として提供した相手方Y1らは,aの事務局長Qが採用されたばかりで,そのような権限がないことはもとより,従来の経緯さえも理解していないことは知悉しているはずであって,同事務局長の軽率な行為を殊更大袈裟に取り上げたものというほかない(甲28~31,34,35)。
           本件記事16は,同事務局長の発言を不正確あるいは歪曲して記述し,「同施設のQ事務局長は同日,取材に対し,「個人的な見解」とした上で,「精神的なものも含めて虐待と定義するなら,虐待はあったと想う」と認め,「ただ告発のやり方に行き過ぎがあり,結果的に利用者に迷惑をかけたので『あなたも謝罪しないか』ともちかけた」と説明した。その際,「訴訟取下げについても言及したという。」という同事務局長のコメントで結ぶ体裁をとっている。
           しかし,「精神的なものも含めて虐待」などと意味不明な表現を敢えて記載し,取材した相手方Y6と同様電話取材した毎日新聞の記事においては,同事務局長のコメントは,「事務局長は,「提訴取下げと謝罪要求などは言っていない。人事では,ケアワーカーを1階へ異動させる方向で検討している。」と説明した」と記載されている。
           本件記事16に掲載された同事務局長のコメントが,なぜここまで他社に掲載されたコメントと食い違うのか,原告にはまったく理解できず,相手方Y3が,本件記事16が掲載されることに呼応して,原告に対し,団体交渉を申し入れてきたことに照らしても,本件記事16は相手方Y3らに偏向して執筆,掲載された記事であるとしかいいようがない。
           朝日新聞は相手方Y3の行為を記載した記事を掲載したにとどまり(甲24),読売新聞に至っては記事として掲載さえしていないのである。
           上記のような同事務局長の当時の立場や体験のレベルは,継続的に本件に関わっている相手方Y6も当然承知していたと推察されるが,その後も,なおも同事務局長の失言を確保しようと行動している(甲25の1,2)。
         
   ケ 8月31日の相手方Y1に対するA施設長とO看護主任の言動((2)ア(ア),(イ),(ウ))について
           具体的な態様については,いずれもそれぞれの者の記憶が明確ではないが,A施設長が,相手方Y1が「虚偽の事実をマスコミ等を通じて報道した」という判断を前提とした対応を取ったこと(8月31日の相手方Y1に対するA施設長の言動((2)ア(ア))),O看護主任が,相手方Y1を非難する対応を取ったこと(8月31日の相手方Y1に対するO看護主任の言動((2)ア(イ))),A施設長が,相手方Y1を非難する対応を取ったこと(8月31日の相手方Y1に対するA施設長の言動((2)ア(ウ)))は認める。
           しかし,いずれの発言も,直接又は相手方Y3あるいは同Y4を通して,相手方Y5らに虚偽の事実を真実として提供したことに対する非難であって,そもそも正当な内部告発を批判しようとするものではなく,殊にA施設長の発言は感情的に見られたとしても,人格権を侵害する言動と評価されるべきものではない。
         なお,上記②(ウ)の場面は,本件記事5で掲載されたが,A施設長の発言は,相手方Y1によって無断録音されており(相手方Y1が,別の理由で,録音を準備していたことは,調書29頁以下,36頁以下),実質的に相手方Y3が主催する「内部告発を支える会」(甲67)の開会冒頭で,突然,選別選択された一部が大きく再生され,参加者に対する劇的な演出に用いられてしまった。「内部告発を支える会」の開催については,本件記事10で事前に紹介され,本件記事13で《大きな拍手を受けていた》と報じられている。
           また,相手方Y1らは,《驚きの実態廊下引きずり回し暴言老人ホームでお年寄りを虐待・・・今日も密室で悲鳴が」》新聞番組欄に掲載して(甲68),特集を放送したテレビ局に,上記録音したものを提供していたようであり,同社は,平成19年6月11日のニュースで特集を組む中で,一部を再生している。
           相手方Y3は,平成20年7月18日現在も,そのホームページに,バックナンバーという題名の下,《2007年 6月11日のテレビニュース》として登載しており,このニュースを,視聴できる(http://www.infosnow.ne.jp/~sgu/sgu-rumieru.htm)。
           この再生部分は,特に印象的な部分だけ短く編集し,同じ部分を繰り返しているものではあるが,この再生を聞くと,A施設長の発言が,相手方Y1らが評価するようなものではないことが明らかになる。
                                                                        以上

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