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医療におけるコンプライアンスの重要性と業務上、身近な法律問題への対応法

2010年3月10日 09:46

 

法律問題とらぶる 解決のヒント 
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医療におけるコンプライアンスや個別の法律問題について,
『北海道医療新聞』で連載した23回の記事がご覧いただけます。

 

 

医療におけるコンプライアンスの重要性と
業務上、身近な法律問題への対応法

 

 弁護士 前  田  尚  一

 

 (註)   ある新聞社からいただいた質問一覧に対し,一般的な場面を想定して,回答したものです。
     
実際のケースでは,個別に具体的検討が必要です。

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Ⅰ 企業価値を高めるためにコンプライアンスに取り組む

 

Q1.コンプライアンスの意味を教えてください。

 

 日本では,「法令遵守」と意味で用いられています。この場合,法令という言葉には法律だけではなく,広く倫理・道徳などの社会的規範も含んで使われるのが通例です。
 コンプライアンスは,各人の遵法精神を期待し,「法令遵守」を唱えるというだけではなく,現実に法令が遵守されている状態を確保・継続するために,ルール,体制,手段を整えるなど,有効な仕組み作りを実施することまでも含む考え方なのです。法律などを守らなければならないことは,言うまでもない当たり前のことです。
 しかし,現場は現実を優先しがちですから,外部との温度差があり,法的非難を回避するための仕組み作りが必要となるのです。

 


Q2.なぜコンプライアンスが重要視されるのでしょうか?

 

 背景を理解すると分かりやすいでしょう。
 特に2000年以降,消費者や投資家の被害が意識されるような企業の不祥事が多発しました。企業の違法行為・背信的行為に対する社会の目が厳しさを増し,社会の意識は大きく変化しました。そうした中,企業にとって利益優先で活動することがかえってリスクを大きくする一方,法令遵守を実現する企業は,その企業価値を高める状況となったのです。
 個人情報流出事件として,51万人分の顧客リストが社外へ流出したジャパネットたかたの事案が有名です。同社の売上げは,前年705億円でしたが,この事件が起きた2004年には663億円にまで落ち込みました。しかし,2006年には1000億円を超え,2008年には1371億円となっています。同社は,事件発覚後,テレビや新聞で謝罪を繰り返し,消費者に適切な対応をしたことが評価され,結果企業イメージを向上させた好例といえるでしょう。
    
 こうした背景の中で,コンプライアンスの重要性が叫ばれるのは,一旦不祥事を起こした場合の企業責任は極めて大きなものであって,企業の存立さえも脅かしかねないということです。企業が不祥事を引き起こした場合の責任には,民事責任,刑事責任,行政責任といった法的責任が考えられます。今日では,一旦不祥事が発覚すると,社会的責任や道義的責任までも徹底して追及されることになります。引責辞任はもとより風評被害といった社会的制裁に及ぶことも少なくありません。雪印集団食中毒事件を発端としてグループの解体・再編を余儀なくされた雪印企業グループの例は衝撃的なことでした。
    
 しかも,企業自体または担当者が思っている以上に,不祥事が発覚しやすくなっているという現状にあることも重要でしょう。もちろん発覚しなければよいという意味ではありません。
 しかし,外部の監視の目が厳しくなっていることに加え,公益通報者保護法が施行されたとおり,内部告発を原則的に正当化するのが現在の流れなのです。
    
 このように考えると,現実に法令が遵守されている状態を継続する仕組みの中には,損害を最小限に抑えるための対応としての記者会見・謝罪・説明,リコールなどの在り方,体制の整備も含んで考えなければならないことになるでしょう。


    
   
Q3.医療機関では,例えば医療法や医師法や薬剤師法,保助看法などを遵守することでよいのでしょうか?

 

 医療機関や医療従事者が,医療に関する法律を遵守することは最低限の要請に応えているだけにすぎません。
 それどころか,医療に関する法律は,医療サービスを受ける国民視点で定められており,医療機関の側からの防衛といった視点は希薄です。
 例えば,医師法には,診療に応ずる義務(応招義務)について定めていますが,例外の具体的内容を明らかにしてはおらず,行政の示す見解を併せてみても,モンスターペイシャントに対する応召義務の例外や退院勧告・強制について正当化される具体的な基準は全く明らかにはなりません。結局,対応のリスクについて,すべてを覚悟しながら,自らの判断で情況に応じた最も良い対応策を自ら実行しなければならないのです。
   
   
Q4.つまり一般的な企業と同様にあらゆる法律を意識する必要があるのですか?

 

 医療機関も経営組織である以上,外部内部との関わりは,基本的に企業と同様です。特定の業種について特有の法律は別として,意識すべき法律は一般企業と同様であるということができます。
 もっとも,あらゆる法律についてすべてを理解しなければならないという意味ではなく,一般の場合と同様,規模や実情に応じて,取捨選択した対応をしていくことになります。

 


Q5.医療機関内でコンプライアンスに関する委員会を組織することが必要ですか?
    
 一定の組織の存在が不可欠なことはもちろんですが,独自の組織が必要か,従前の組織が兼務してよいか,どのようなメンバーで構成するのがよいかなどといった点は,医療機関の規模や実情に応じてケースバイケースにデザインしていくほかありません。
 ただし,どのようなデザインであれ,コンプライアンスに関する組織を設ける目的を明確にし,それが実現できる,そして内部的チェックが働く仕組みとすることは,必要不可欠であるといえます。

 


Q6.外部からの専門家に加わってもらうことが必要ですか?

   
 医療に関する法律はもちろん,広範な法律の理解が前提となり,また,トラブルの予防や,不幸にしてトラブルが発生した場合の対処といった医療そのものとは全く別の観点からの,マインド,知識,スキル,経験が必要となる以上,法律の専門家に加わってもらうことは不可欠でしょう。
 しかも,実際には,コンプライアンスは経営そのものに直結するという面もありますので,労務問題などの対処も並行していかなければならない場合もあります。こうした点からも,法律の専門家との協働作業も必要といえましょう。(北海道医療新聞社発行:週刊 介護新聞2009年7月9日号~8月6日号「介護と法律」(5回連載)を参照)

 

 

Ⅱ 医療機関では日々様々な場面で法律問題と直面している

身近な法律の疑問へのワンポイントアドバイス

 

Q1.医療事故が起こった場合,どのような法的責任が発生しますか?

 

 医療事故が起きた場合の民事責任としての損害賠償責任を考えてみましょう。その場合,医療契約に基づく債務不履行責任と不法行為責任が考えられます。
  後者については,患者側が,医療機関側の過失,事故との因果関係などを主張立証しない限り,医療機関は責任を負いませんし,前者についても,医療機関側が不可抗力によって事故が起きたことを主張立証すれば責任を負わないことになります。
    
 しかし,医療事故はその性質上,個々具体的であり,医療の適不適は当時の医療水準に大きく左右されます。そればかりか,患者側から医療機関にクレイムを述べることが著しく増大しています。また,裁判においても,患者側が勝訴する事例が激増しているのが現状です。今日では,医療事故に直面した場合,法的責任を負うことになるのかどうかを直ちに判断することは困難であり,即断して安易に対応することは問題を複雑化し,解決を長期化しかねないといわなければなりません。
  最低限,大小さまざまの医療事故が起こった場合を想定し,適切に対応できる体制作りが必要です。


 

Q2.患者の友人と名乗り電話で病状,退院予定などを問い合わせてきた場合の対応は?

 

 電話では自称友人が実は友人でなかった場合や友人ではあるが患者としては知らせたくない場合などもあります。また,友人であっても患者に不利益を与える行動をとることもあり得るでしょう。
  病状,退院予定を知った者の行動によって,患者が不利益を被ったり,損害を負ったりすることも想定されます。本当の友人であれば,正当な理由で病状,退院予定を知りたいというのが通例でしょうが,そうであっても,患者本人の個人情報については,患者本人の判断こそが無条件で最優先されるべきものなのです。
  面倒でも,患者本人に確認したうえで対応するということを原則しなければなりません。

 


Q3.院内の休憩室で他職種の友人に受け持ち患者の情報を話すことは個人情報保護法違反となりますか?

 

 個人情報保護法は,所定の事業者に対し,一定の要件を具えた個人情報について,取扱いに関するルール,体制,手段についての義務を定めた法律で,この義務に違反した場合は,勧告や命令が出されることがあり,命令に従わない場合には,6か月以上の懲役または30万円以下の罰金に処せられるなどの刑事責任が課されることがあります。
  そして,個人情報保護法では,個人情報の利用目的の特定・制限について定められ,従業者に対して必要かつ適切な監督を行う義務を課していますので,医療従事者同士であっても,診療目的を超えた私的な情報交換を放置しておくことは,医療機関にとって個人情報保護法違反となることがあります。
    
 ただ,留意しなければならないことは,個人情報保護法は,情報が流出したような場合に,患者側が医療機関側に対し直接責任を追及するための法律ではありません。
 もっとも,患者が損害を発生したような場合は,次の事例のように,別の根拠で民事上の損害賠償責任を負う場合があるので,安易に考えるわけにはいきません。

 


Q4.ベッドから降りるときに転んで手首を骨折した場合,医療機関側の責任の範囲は(内臓疾患で入院しており,足腰が悪いわけではない)?

 

 医療機関は,法律的に見ると,患者との間で診療契約を結んで治療をしているわけですが,医療機関の患者に対する義務は,診療・治療する義務だけに尽きるものではなく,少なくとも患者を安全な環境に置くように配慮したり,一定の措置を講ずる義務も含むものと考えられます。
 本件でも,状況次第では,医療機関側が法的責任を負う可能性があり,このような場面を想定して,対策を講じておく必要があります。


   

Q5.看護師の働きやすさを考え,正職員として短時間勤務制度を導入したいと考えているが,フルタイム勤務者と短時間勤務者の福利厚生,給与等の待遇に差があっても良いですか?

 

 医療機関と看護師双方にとって有益ということで,一応は,法令を遵守する限り,賃金水準や福利厚生の程度に差異を設けてもよいと言えそうです。
 しかし,どこまで条件を確保すれば法令を遵守したことになるかという判断は,極めて難しく,関連法令ばかりか判例なども含めた専門的知識も必要です。パートタイム労働法は,事業主に対し,すべての待遇について,パートタイム労働者であることを理由に差別的に取り扱うことを禁止しています。
    
 事業主は,無意識のうちにも経営的観点を重視する傾向があり,善意のつもりでしたことが実は独りよがりで,後日のトラブルの種となっていることも少なくありません。コンプライアンスの考え方を十分理解し,一般論ではなく,個別具体的に慎重に検討していく必要があります。
    
 最近,ワーク・ライフ・バランスを取り入れ,本給や賞与・退職金が勤務時間に比例するほかは,福利厚生や教育面は正職員と同じという勤務形態を採用してきている医療機関もあります。こうした具体的な事例などを参考にしながら,検討することも大切でしょう。
   

   
Q6.入院患者の私物が盗難にあり,不審者に対するチェックを強化しようと思うが,怪しい人間に対し,どこまでの対応が許されるのしょうか(別室に来てもらう,その場で質問する,持ち物を検査する等)?

 

 医療機関に捜査権限があるわけではありませんから,あくまで任意・自主的に応じてもらうことになります。そのうえで,後に問題が起きないように必要な範囲で相当な対応をしなければなりません。
  
 一般論でいえばわかったような気になりますが,関係者の協力を得ることだけみても,一定のテクニック,熟練が必要となるものです。どの段階で警察の協力を得るかといった基準の設定などもろもろの準備もあり,コンプライアンスを踏まえた体制作りを前提としなければ,場当たり的となってトラブルを起こしかねないことを肝に銘ずるべきです。
 

 

Q7.入院患者が病室で暴れている場合―物を投げつける,大声でわめく等があった場合は,110番通報するべきでしょうか?

 

 医療機関は,患者に対しては控え目な傾向をとり,うやむやにしがちです。しかし,医療機関として,このような患者を放置しておくと,本人が増長するばかりか,同種のトラブルの温床となり,本来の業務に支障を来すことはもとより,医療従事者に耐え難い精神的負担さえ強いることとなってしまいます。
 医療機関としては,毅然とした態度で臨まなければならない場面であり,退院勧告・強制はもちろん,緊急の場合は110番通報も想定において当然というべきです。そして,このような措置を適切に実施するためには,法的解決も射程に置きながら,専門家の助力を得ながらコンプライアンスを踏まえた体制整備と慎重な判断をすることが不可欠となります。

 


Q8.セクハラにはどのような内容のものが入るのか。特に言葉のセクハラについて知りたい。

 

 セクハラとは,セクシャル・ハラスメントの略で,言葉として定着はしませんでしたが,かつて性的嫌がらせと訳されたこともあります。
 セクハラという言葉が登場したころは,主に,職務上の立場や権限を利用して,性的な要求をする場合(対価型セクハラ)が想定されていたようですが,嫌がる性的言動によって,職場の環境に悪影響を与えるような場合(環境型セクハラ)も含まれます。

 このようなセクハラとされる対象が拡がっていくとともに,使用者の職場環境についての法的義務が強化されるようになり,平成19年から施行された改正男女雇用機会均等法は,使用者のセクハラを事前に防止する義務とセクハラらが発生した場合に対処し措置を講ずる義務を明記しました。
    
 言葉のセクハラという用語は,例えば,「まだ結婚しないの?」といった発言が発言者に悪意なく発せられたような場合であっても,状況によってはセクハラとなる場合があることを明確にするものです。
 ただ,ある行為がセクハラにあたるかどうかは,被害者の主観に大きく左右されることは否定できません。他方,加害者とされた側のダメージが大きいことに加え,意図的なねつ造もあり得ないことではないこともあり,セクハラは,職場環境配慮義務を負う使用者としては,本腰を入れ,積極的に対応しなければならない問題です。

   

(註)回答は,典型的な事例を抽象的に想定して行ったものであり,似たケースであっても,事例毎に考え方が異なる場合もあります。独自に判断せず,法律の専門家に相談することが大切です。

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