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【寄稿】「介護新聞」平成21年7月16日号に,『解雇のハードルは高い』(連載:『介護と法律』2)を寄稿しました。

2009年7月16日 09:13

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『解雇のハードルは高い』

     (連載『介護と法律』[「介護新聞」株式会社医療新聞社])

 

 

解雇権を制限する解雇予告規定


 介護事業者が,利用者に良質な介護サービスを継続的に提供していくためには、何よりも実態として労使の信頼関係という基礎(基盤)がしっかりしていることが不可欠です。介護事業者は,労働者から労務の供給を受けなければ,組織の成果をあげることはできません。
 労務管理の観点から,雇用契約において労働者は,使用者の指示に従い業務を遂行する義務を負い,労働者は,一定の業務遂行能力を備えていること,健康であり,勤務態度が良好であることを当然に要求されることになります。就業規則にも,勤務不良や業務遂行能力の欠如が解雇事由となることを規定しているのが通例です。
 もっとも,勤務不良や能力の欠如が認められるからといって,ただちに解雇が有効になるわけではありません。労働契約法に「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫(らん)用したものとして,無効とする。」と,いわゆる解雇権濫用法理を明文で定めているのです。
 労働基準法には,解雇権を制限する「・・・30日前に予告をしない使用者は30日分以上の平均賃金を払わなければならない」という解雇予告の規定があります。かつては"1が月分支払えば何時でも労働者を解雇できる"という考えが横行していました。今日では解雇を制限する多数の裁判例が積み重ねられ,解雇権濫用法理が判例として確立しています。法律としては,平成15年に労働基準法の中に明文化され,平成19年11月労働契約法が制定された際,そのままの文言で移し替えられたのです。しかし,それでもなお,単発の法律相談で,"1か月分の賃金を支払えば,何時でも労働者を解雇できる"と本気で思っている経営者に遭遇することがあり,愕(がく)然とすることがあります。
 経営者としては,労働者を解雇しようとするに当たっては「客観的に合理的理由があり,社会通念上相当と認められることを確認」しなければならず,そのハードルは思いのほか高く,裁判で解雇が無効とされる場合が多いのです。
 
 

解雇無効としたケース

 

 参考になる事例を紹介します(東京地方裁判所平成16年4月19日判決)。特別養護老人ホームを経営する社会福祉法人(Y)が,職員(X)を解雇したところ,裁判所が,解雇が無効とし,解雇後の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を認めたケースです。
 Yは,第1施設(入所者100名,短期入所2名)と第2施設(入所154名,短期入所16名)を経営。Xは,解雇までの7年間に,第1施設の事務長として雇用された後,副施設長を務め,その後,Yの法人事務局長を兼任し,施設長代行も任せられていました。なお,理事長の妻が,施設長,総施設長として,常にXの上司の立場にありました。
 Yの就業規則では,「勤務状態及び業務の遂行に必要な能力が,著しく不良で就業に適さないとき」が解雇事由とされています。裁判所も,この事由に該当するかどうかを判断するに当たり,Xに次の問題点があったことを認めました。
 Xは①医師や看護主任の判断を尊重せず,入所者を救急車ではなく施設の車で病院へ搬送するよう述べたこと及び精神科医が入所者に対して処方した薬について医師でもないXが自分で医学書や薬の本を調べ服用を止めるよう述べたなど不適切な言動があった、②入所者の健康等を軽視するかのような言動がみられる,③入所者及びその家族に対する配慮を欠く言動がみられる,④職員に対する配慮を欠く言動がみられる,⑤職場の規律を乱す行為があった,⑥不正をしているのではないかとの疑い受ける余地もある好ましくない行為をした,⑦老人福祉部会総会に出席したとして請求,受領した金銭は理由がないものであった,⑧業務日報を正確に記載していなかった,などを認めています。
 しかし,それでもなお,裁判所は,これら問題点は必ずしも重大なものとはいえず,前記解雇事由が認められず,本件解雇は無効であるとしたのです。

 

 

問題解決法を徹底して検討すること


 解雇権が濫用されたかどうかについては,これまで多くの裁判例が積み重ねられています。そして,判決の中で,事実経過を詳細に認定されており,まるで小説でも読んでいるかのようです。
 しかし,判決文の中から,何を備えていれば,確実に解雇が有効となるのかという答えを見出すことは,極めて困難であるといわなければなりません。
 ある学者が,「裁判所は,一般的には,解雇の事由が重大な程度に達しており,他に解雇回避手段がなく,かつ労働者の側に宥恕(ゆうじょ)すべき事情が殆(ほとん)どない場合にのみ解雇相当性を認めている」(菅原和夫)と分析しており,解雇が有効となるハードルは極めて高いものであるということを厳粛に確認しておかなければなりません。
 また,当事者の主張が真っ向から対立する中で,詳細な事実経過が認定されていくのですから,当事者としては本来的に立証がかなり難しいということも否定できません。本件では,裁判所は,結論を導くに当たり,判決文上,Xのこれまでの実績のほか,理事長の娘がYの理事に就任することについて疑義を呈したことが本件解雇の契機の一つとなっていると考えられることも考慮しています。特に後者のような事情が認められると,そのことが本当に影響があったのかどうかはともかくとして,一定のイメージを想定し易くなり,一気に全体の方向性を組み立てやすくなります。さらに,裁判官が法廷で関係者に抱いた印象が,心証形成に影響することもないわけではないように思われます。

 このように見てくると,解雇という使用者の権限を行使して解決を図ろうとすることは,多くの場合,極めて危険なことであることがわかります。他に問題解決の方法は考えられないのかを徹底的に検討し尽くすことこそが,あるべき方向ということになるでしょう。
 蛇足ながら,経営者は,容易に解雇できるという主観的判断に向かいがちであることのほか,常に孤独を強いられているせいか,特定の人に大きな信頼を持ち重大な役割を委(ゆだ)ね易い反面,見損なっていたと思った途端,極端なまでに冷遇する傾向があり,このことが,大きな紛争に発展することがしばしばあることも,付け加えておくことにします。
 なお,今回紹介した裁判例は,介護,医療の世界で労使問題を扱う弁護士として,一読の価値があると確信しています。

 

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○ 弁護士前田尚一法律事務所(札幌)
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