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【寄稿】「介護新聞」平成21年8月6日号に,『法律問題かどうかを嗅ぎ分ける能力を』(連載:『介護と法律』5)を寄稿しました。

2009年8月 6日 10:03

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『法律問題かどうかを嗅ぎ分ける能力を』

     (連載『介護と法律』[「介護新聞」株式会社医療新聞社])

 

 「新型インフルエンザ」で始まったこの連載もいよいよ最後となりました。
 5回の連載ですので,やはり速足になってしまいました。特に,労務問題,労使問題には,法律紛争の前提となる対立する当事者が,固定した立場であるという特殊性があり,紛争解決のための考え方,知識,技術について,この場で,お話しするのは適切でなく,控えめにご説明したところもあります。
 これを補うべく,今回は,これまでの連載を,若干ふり返りながら,介護に関わる法律問題への取り組みについてまとめてみようと思います。

 

 現場ですべての隙を埋めるのは非現実的
 新型インフルエンザについては,その後も,「秋に向けて新型インフルエンザの再流行が懸念されており,企業が計画を策定する動きが広がると見込まれている。」(日経2009年7月20日)などと報道されており,終息の気配はないようです。

 さて,新型インフルエンザに罹患した職員に対し,業務に就かないよう休業命令を発することができるのか否か。できるとすれば休業期間中の賃金,休業手当,休業補償を支払わなければならないのか。第1回目で,想定すべき例としてご紹介しました。
 おそらく,法律論を述べる限り,ほとんどの弁護士は,即座に同様の回答を示すでしょう。
 民法536条1項は,「・・・当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは,債権者は,反対給付を受ける権利を有しない。」とし,2項は,「債務者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは,債務者は,反対給付を受ける権利を失わない。・・・」と定めています。
 一定レベルの弁護士であれば,この民法536条を判断の枠組みを用いて,法律的には,施設側の責めに帰すべき事由がない場合,もう少しかみ砕いて表現するなら,新型インフルエンザ対策を策定し,適切な健康管理体制を実施していた場合には,休業期間中の賃金,休業手当,休業補償を支払わなくてもよい,と答えるでしょう。そして,施設の全部を閉鎖,または一部縮小しなければならない事態となった場合においても,職員に対し賃金を支払わなければならないのかどうか,という想定例も,考え方は同じです。

 しかし,新型インフルエンザ対策を策定とか,適切な健康管理体制の実施とは,具体的にはどのような内容なのでしょうか。実際,何をしておけばよいのでしょうか。連載第4回で,裁判所の判断は,事後の客観的判断であると説明しました。つまり,裁判となれば,裁判官が存在したと認めたすべての事実をもとに,当事者の認識していなかった事実も,「認識することができたはずだ」と評価して,法律判断の中に取り込まれていくのです。
 裁判で絶対負けないということを対処するとすれば,考えることができる限りすべての「隙」を埋めておかなければならないことになるでしょう。しかし,現場では,わずかの「隙」を埋めるより,利用者のためにもっと優先しなければならないことがあります。また,埋めようにも,やむを得ない制約があるというのが現実です。どう考えても,介護職員全員に,宇宙服のような完全防備服を支給し,着用させて介護業務を遂行してもらうなどということは非現実的なことでしょう。

 

 法律はサービス充実の補助
 パンデミックの問題は,取引先,顧客といった対外的側面で話題とされることが多いので,この連載では,敢(あ)えて,労務問題,労使問題という観点を全面的に押し出してみました。
 しかし,お伝えしたかった考え方は,「予防」とはいっても,今目の前にある現実と密着しており,法律トラブルを回避するための基本は,何よりも,専門サービスとしての福祉サービスを如何(いか)に充実させていくかを考え,不断に実践していくことにほかなりません。
 このことは,利用者に対する関係はもちろん,労務問題,労使問題も全く同様です。常に法律を持ち出し白黒を付けなければならない状況を回避し,共に専門サービスを提供していくプロフェッショナルとして,いかに常識的な協働関係を維持できるかということです。かつて,私が依頼を受けた案件で,年末年始が繁忙となる会社の,ある労働組合の組合員ほぼ全員が,年末年始に一斉に年休(年次有給休暇)を請求してきたという事案がありました。このような場面が始終起こり,そのたび法律を持ち出し白黒を付けなければならないとなれば,顧客に対する正常な業務遂行など到底実現するはずもないでしょう。

 法律は,読者の方々が専門サービスを充実させるために,有力ではあるけれど,補助にすぎません。無批判にあるいは不用意に,法律の知識を取り入れようとすることは,百害あって一利無しといわなければなりません。表面だけを鵜呑(うの)みにすることなく,「餅は餅屋」で,違った専門サービスは,その背景にある実態を知れる状況で取り入れていかなければならないのです。

 

 専門家への橋渡しの視点で
 世間は,プロフェッショナルに対し,本来の専門サービスそのものに限らず,より拾いサービスの提供を当然に求めてくるのが通例です。介護施設は,そのサービスの特質上,いろいろな層を対象に法律問題が想定されます。利用者はもちろんのこと,従業員,利用者の家族,監督官庁,そして場合によっては新聞社などのマスコミとの間で法律問題が発生することもあるでしょう。
 その場合,連載第4回でご紹介した,別の専門家への橋渡しという視点が,ここでも参考になるでしょう(なお,「専門家への橋渡し」というのは,例えば,医療の分野では,医師の転医義務,転医勧告義務,転医支持義務などとして論じられるところで,いわば定番の考え方です。)。
 それは,法律を専門的に理解しようとしたり,法律知識をため込もうとするのではなく,現在直面し,または将来直面するであろう問題について,それが『法律問題』かどうかの分岐点(わかれめ)を嗅(か)ぎ取る素朴な臭覚を身につけることであろうと思います。

 最後に,この連載を読んでいただいた皆様に,心から御礼申し上げます。前記のとおり,この場では述べるには限界もある事柄もあり,今後,セミナーなどでお目にかかることができることを楽しみにしています。

 

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