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【BNN】迅速な裁判というけれど...

迅速な裁判と言うけれど...

前田尚一弁護士
 裁判員制度が、平成21年5月21日スタートする。

 裁判員に選ばれるということになれば、何かと不安が多い。

 裁判には時間がかかり、拘束されるのではないか。

 

 前田尚一弁護士

プロフィール

 

 この心配は、上戸彩を表紙にした最高裁判所の裁判員選任手続パンフレットを見ると、一気に払拭される。その中で、「裁判員裁判の日数」について、一目でわかるグラフを掲載して「約7割の事件は、3日以内終わります。」としている。そして、2割は5日以内に終わり、6日以上となる事件は、わずか1割程度だけなのだそうだ。

 でも、ほっとした途端、別の疑問が出てくる。そんな短期間できちんと裁判ができるのだろうか、と。もちろん最高裁判所に手抜かりなどあるはずはない。

 最高裁判所の裁判員制度ウェブサイトには、裁判員制度Q&Aが設けられている。「裁判の迅速化は、誤審につながるのではないですか(じっくり考える必要があるのではないですか)」という質問を設定し、「裁判員の参加する裁判では、すべての事件で公判前整理手続を行い、充実した公判を迅速に行うための準備をする」ので大丈夫、と答えている

 

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 しかし、「至れり尽くせり、何と行き届いた配慮がされているのだろう!!」などと感心している場合ではない。

 物事万事、"簡にして要を得る"のがよいし、何事も早いほうがよい。"善は急げ"とか、"早起きは三文の得"などとも言われる。

 刑事訴訟においても、「迅速な裁判」が基本原則とされ、憲法は、そのような裁判を受けることを被告人の基本的人権として保障している(37条1項)。

 加えて国家の目的でもある。刑罰は迅速に実現されてこそ、社会不安が除かれ、新たな犯罪の発生を抑止し、被害者や遺族の被害感情にいささかなりとも応えることができる。また、時間が経てば、証拠が散逸してしまい、真実を見付けにくくなる。長々とすることは裁判官の負担となるし、また、法廷などの設備の確保にも無駄が多くなる。

 「迅速な裁判」といえば、高田事件が有名である。第一審の名古屋地方裁判所が公判審理を中断したまま、実に15年あまりが経過してしまったという事件だ。最高裁は、免訴という方法で手続きの打ち切りをすることを認めた(昭和47年12月20日判決)。

 それでも、現在の刑事訴訟では、集中審理がとられるようになり、訴訟促進政策は効果をあげており、平均的な審理期間は、高田判決当時とは比べものにならないくらい飛躍的に短縮されている。

 そして、審理期間を年でもって計るまでに長期化すれば、問題視しなければならないとしても、月をもって計る程度の審理期間であれば、あえて問題としないというのが実情であった。

 ところが、裁判員裁判では、すべての事件で公判前整理手続が実施されるので、およそ9割の事件が5日以内に終わるというのだ。とはいえ、先に述べた「迅速な裁判」を求める国家目的は、ここまで急ぐことを必須とするものではないだろう。

 つまり、およそ9割の事件が5日以内に終わるという超・迅速な裁判は、裁判員制度のため、それも裁判員に、制度に背を向けられないためだけのものだということだ。しかし、裁判員裁判の対象は、殺人罪、強盗致傷罪など、一定の重大犯罪であることを忘れてはならない。

 有罪率が99%を超える我が国の「精密司法」が、弊害を指摘されながらも、大局的に国民に支持されている中で、起訴されたが、実は無実であるというような場合、被告人が無罪判決を得るのは容易ではない。まずは検察官の立証に穴を見付け、時間をかけて追及していくという地道な作業が不可欠であり、一定の時間がどうしても必要である。

 "急いては事をし損じる""急がば回れ""急ぎの文は静かに書け""走れば躓く"、のように、反対を教訓する諺がある。抽象的に語るときの危険性だ。「迅速な裁判」も同様に、実際の適用場面を具体的にみなければ、解決しなければならない真の問題が隠蔽される。「迅速すぎる裁判」は、被告人の防御権を無批判に切り捨てる拙速な裁判を招きかねない。

 視点を少し変えてみる。冒頭で述べたように裁判員制度が頼りにする公判前整理手続は、裁判員制度を創設した「裁判官の参加する刑事裁判に関する法律」が成立したのと同日に改正された刑事訴訟法によって創設された制度だ。平成17年11月1日からのスタートであるが、双子の早熟な兄のようなもので、裁判員制度のために採用された制度であることは明らかだ。

 先にご紹介した裁判員制度Q&Aでは、「公判前整理手続では、その事件の争点は何か、争点を証明するために最も適切な証拠は何か、その証拠をどのような方法で取り調べることが最も分かりやすいかなどについて、裁判所、検察官、弁護人が相談します。その上で、審理を行う日程を調整し、判決までのスケジュールを立てます。こうした準備を十分にした上で審理を行います」と説明されている。

 平成18年2月13日起訴(3月14日追起訴)されたホリエモン事件でも、公判前整理手続が実施されたが、9月4日が初公判で、判決が言い渡されたのは、翌年3月16日である。それなりのことをしようとすれば、物理的に時間はかかるのである。

 ところが、裁判員裁判では、およそ9割の事件が5日以内に終わるというのであれば、公判前整理手続には今まで以上に時間を費やし、徹底したものにならざるを得ないだろう。そうなると、公判前整理手続が本番で、「国民の司法参加」の場であるはずの裁判員裁判は儀式的にもなりかねない。裁判員制度の採用は、地方裁判所だけで、上級の裁判所である高等裁判所、最高裁判所では採用されていない。つまり、裁判員が参加して出した結論を、高等裁判所で職業裁判官が破棄できるのであるが、上級裁判所と公判前整理手続とにサンドイッチされて「国民の司法参加」の場であるはずの裁判員裁判は形骸化しかねない。

 何が、本当の問題なのか。

 それは、現状では、理念とか基本原則と呼ばれるものの本質を希薄化して援用しない限り、裁判員制度を維持できないということである。要するに、無理を承知で無理なことをしようとするから、他のことにまで無理を強いることになるのである。

 私には、それまで一般人にわかりやすく直接説得することなどなかった刑事裁判官の苛酷なトレーニングの場となるであろうこと以外に裁判員制度の効用は見出すことができない。

 

 

前田尚一法律事務所 法律情報
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